第34話 混戦!激戦!乱戦!

 近くの敵を掃討し、一度気を落ち着かせたヒツギは、仲間へ《低級霊》で連絡を取る。


「こちらは片付けた。リリス・レェチャリィ、タイラントレックス、バーミリオン・テスタロッサ、クイン、ラクラ・アラクニド、フィリシア・ブラックハート、ルナ・バートリー、ホロウ・フォール、ウルル・ラブロック、無論生きているな? 順に戦況を伝えよ」


『はぁ~い。こちらリリスぅ。私は好き勝手にヤらせてもらっているわよ~。やっぱり人間は死の危険を感じると、本能的に自分の遺伝子を残したがるのねぇ。情熱的だわ~』


 通信音声に紛れて、粘着質ないやらしい水音と、呻くような男の喘ぎ声が聞こえた。


「程々にしておけよ。ついでに良い人材を見つけたら、快楽漬けにして屍にしろ」

『りょ~か~い。じゃ、通信切るわよ~。今日は公開プレイに乗り気じゃないの』


 リリスから放たれた魔力の波動に、ヒツギの《低級霊》が消滅させられた。


「ふん、気紛れが過ぎるな。面倒な二人から先に繋いでおこう。タイラントレックス」

『ヒツギか? 我は群がるゴミ虫共を排除している。この身体では人間を喰っても腹は満たされんが、魔力の補充にはなる。貴様からの供給に頼りっぱなしでは気に食わん』

「ならば、好きなだけ喰い散らかすがよい。死人は一カ所に纏めておけ。後で回収する」

『任せよ。我の威光を此処に示させてもらおう』


 タイラントレックスの周囲に散らせた《低級霊》からの映像では、多くの死体が積み重なっていた。しかしその原型は留めているものが少なく、アンデッドとしての利用価値は怪しい。


「さすがに力の差があり過ぎたか。だが、バーミリオンなら問題なかろう。返答せよ」

『うーい。こちらバーミリオンだよー。ひーくんに言われた通り、傷を負った青い服の人を救護施設? ってとこに運んでるよー。でね、そこで美味しそうなもの見つけたのー。だから今はそれを食べてるとこー。青い服の人も何も言わないし、べっつにいいよねー』

「……それは、戦時下の非常食ではないのか?」

『ひじょーしょくって何?』


(………………………………)


「腹八分まで満たされ次第、再び負傷者の回収作業に勤しめ。怠慢は許さぬ」

『オッケー! これ美味しいぃいいい!』


 バーミリオンは行動が読めないので、《低級霊》を多めに張り付かせておいた。


「クイン、そちらはどうなっている。バーミリオンとは別行動か?」

『お、リーダーからメッセ来てる~。バーちゃんとは途中まで一緒だったけど、目を離した隙にどっか行っちゃったよー。ラクラとフィリシアとも別行動。んー、二人は目に見える範囲にいるかな。ルナちゃんは遠くでめっちゃ暴れてるなう。衝撃波ヤバイわー』


 ヒツギの使役する《低級霊》から送られてくる映像では、クインが公国兵と戦っていた。


『ウチもやるときはやるよ! あんたらリーダーの邪魔みたいだから容赦しないわ』


 クインが素早く移動し、一人ずつ尻尾を巻き付け締め上げ、全身の骨を粉砕する。

 下半身が蛇だと鈍そうな印象を受けるが、実際は人間よりも移動速度が速いのだ。


 それでも多勢に無勢、クインはカルトガルド公国兵に囲まれてしまう。


『あー、もう邪魔。ウザいんですけどー! 《尾打鞭打おだべんだ》』


 蛇の尻尾を自身の腕よりも正確な動きで動かし、高速の鞭打ち攻撃。

 太い尻尾が遠心力を得て、高威力で公国兵達に叩き付けられ、その体は弾け飛ぶ。


『……見つけた。あんたがこいつらの司令官ね、《毒牙》! バイバーイ』


 一際華美な装飾が付いた、玄武の紋章を刻まれた黒い軍服の男を尻尾で捕らえ、その首筋に牙を立てた。注入される蛇の神経毒。その中でも特別強烈なもの。確実に死に至る。


『リーダー、こっちも片付いたよー! 褒めてー』

「よくやった。その場を退却し、フィーと合流せよ。その後は追って指示を出す」


 クインに付き従うように、複数の骸骨兵がまとまって動き出す。


「次いくか。ラクラ、計画は上手くいっているか?」

『あ、ヒツギくん。ええ、指示通り、私は死体を糸で纏めて繭にしているわよ』


 上空からラクラを見下ろす《低級霊》からの映像では、彼女の働きぶりがよく見えた。


 本来、アラクネは開けた土地での戦闘には向いていないのだが、そこはさすが、魔の森の昆虫種の女王。

 立ち回りが上手い。

 伊達に魔の森の管理をヒツギに任されていない。


 ラクラは《魔鋼糸》という特殊な糸を噴出することができる。その種類は多岐に渡り、対象を絡めて操る《操糸》、その場に縫い止める《粘糸》、触れたものを断つ《斬糸》。

 この三つの糸を主に使い分け、完全に自分のフィールドを形成していた。


 近づく者には《酸弾アシッドバレット》――物質を溶かす水弾を放つ。間一髪それを避けて、彼女のもとまでたどり着いた公国兵は《蜘蛛手刀スラッシュ》――人間の手ではない、甲殻類の鋭い指先で体を切り裂かれる。


 贄を切らした、カルトガルド公国兵たちは仲間の死体を盾にし、ラクラの糸をすべてかいくぐって、ついに彼女を仕留められる射程距離まで、八人もの兵士が揃った。


『あら、意外とやるじゃない。でも残念、八肢――《鎌鼬かまいたち》』


 ラクラが持つ、八本の蜘蛛の足から繰り出される乱れ蹴り。その先端は尖っており。

 鋭利な甲殻類の足が、兵士たちの体を勢いよく貫く。心の臓を穿たれた者は絶命した。


 それらをまた《操糸》で束ね、《粘糸》で纏めて玉にして転がす。

 すると、その繭状の球体を、ヒツギの召喚したアンデッドが運んで行った。


「ラクラ、お前も引き上げろ。悪いが、バーミリオンの回収を頼む」

『はーい。お姉さんにお任せあれ。まったく、手のかかるお子様だわ』


 彼女は女性陣のまとめ役でもある。その仕事の幅は広い。魔の森にあるヒツギたちの拠点、魔城――《ブラッドムーン》の至る所に糸の網を張っており、森全体にも複数の糸を張り巡らせている。糸の反応で全体を把握し、感知することまでできるのだ。


「ホント、頼りになる女だな。では、近くにいるはずの……フィー、現状を伝えよ」

『――良かった! 繋がった! こちらフィリシア・ブラックハート。私では対処しきれない程の遠距離砲撃を受けている。おそらく敵のハイウィザード。今はベントレー・フォン・アーガスという男が前線に立ち、その魔術を《吸収》して凌いでいるわ』


 フィリシアの元に遣わした《低級霊》を周囲に散らせ、ベントレーを探す。


『はははははっ、オレに魔術など効かんよ。さぁ、その悉くを飲み込んでやろう』


 ベントレーの固有魔術は《魔術吸収》だ。あらゆる魔術攻撃を吸収して無力化する。だが自身が保有できる体内魔力の限界を超えると、キャパオーバーで行動不能になる。


 デブで無能だが、その食欲によって目覚めた固有魔術はなかなか侮れない。


『……っ! ヒツギ! 敵の狙いがそちらに向いた。お前の居場所がばれたんだ!』

「構わんよ、フィー。こちらこそ探す手間が省けた。フィーはルナの所へ向かえ」


 ヒツギはフィリシアとのチャンネルを切り、次なる敵を見据える。

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