第四章 支配者の蹂躙

第31話 進軍開始

 ヒツギを王に据える、亜人の軍勢――《デミ・レギオン》が集結していた。


(一部を除けば、人間なんて屑ばかりだ。ならば俺は志を同じくする亜人と共に歩もう)


 この場に集っているのは、《黒の魔女》ヒツギ。《黒騎士》ホロウ・フォール。《狼族長》ウルル・ラブロック。ラミアのクイン。ハーピーのバーミリオン・テスタロッサ。アラクネのラクラ・アラクニド。ダークエルフのフィリシア・ブラックハート。元魔王の一人にして《姦淫王》リリス・レェチャリィ。現魔王の一人、《不死王》ルナ・バートリー。《ノーフェイス》ドロシア・スミシー。元魔王の一人にして《暴竜王》タイラントレックス。


 以上、十一の人間、亜人、魔物の入り混じった軍勢となっている。


「俺は魔の森で過ごすうちに、あることに気付いた。それは亜人のほうが生物としてのポテンシャルが遥かに高いということ。彼等は蔑まれるべき存在ではない。この世界をより良き高みに導くために必要な存在なのだ。そして魔物にも悪い奴がいれば良い奴もいる」


 ヒツギはすでに屍と化した、過去の配下、マルス・シャルルトスにそう告げた。


「《審判ジャッジメントアイ》でお前の思考と記憶を読み取り、現状は把握した」


 その上でヒツギは決断する。


「我々、《デミ・レギオン》は、アーガス王国の窮地を救うことを約束しよう」

「主君、良いのですか? 母国とはいえ、貴方を迫害した彼の国に手を貸すなど」


 デュラハンであるホロウが、遠慮がちに尋ねてきた。


「よい。それにこれは我々にもメリットがある話だ。今後の魔の森『完全支配計画』にアンデッド、追加で多数の死体が必要となってくる。それを戦場で見繕うというわけだ」

「ミッドヴァルトの勢力図を再確認致しましょう」


 ダークエルフのフィリシアの言葉に、サキュバスのリリスが反応を示した。


「そもそも~、魔の森とは、そこのタイラントレックスなどの凶悪な魔物や、迫害された亜人たちの住処なわけよ~。で、中央に行くほど魔素が濃く、常人は長時間滞在できないのよね~」


 既知の情報を呑気に垂れ流すリリスの声を遮り、ヴァンパイアであるルナが続ける。


「この中央地帯、《ミッドヴァルト》はヒツギ様の拠点。ヒツギ様の御力により、中央、北、南はすでに半分以上征服され、東は完全にヒツギ様の支配下にありますの。そして中央より東には、わたくし、ルナ・バートリーの魔城――《ブラッドムーン》が我らの根城としてありますわ」

「だが、それでも魔の森のすべてを支配しているわけではない。そうだろう、ヒツギ」


 ルナの的確な現状把握に、スカルドラゴンであるタイラントレックスが口を挟む。

「そいつの言う通りだ」とワ―ウルフのウルルが鬱陶しそうに言った。

「魔の森の《四天魔公》よね」とラミアのクインが呟く。そのままウルルが引き継いだ。


「魔の森の《四天魔公》。東の《黒の魔女》であるボス。西の《不動王》ガルマ・バルバトス、こいつは十年間も《魔王》を務める古株だ。後は一年前まで《幻緑の静寂》と呼ばれていた現魔王、南の《堕落王》バジュラ・アジュラ。そしてもう一人、こいつも半年前まで《赫灼の悪鬼》と呼ばれていた現魔王、北の《猛火王》リーザ・ジャビー。ボス以外の三体が邪魔だ」


 ウルルの言葉をさらに継ぎ、今度はシェイプシフターであるドロシアが淡々と言う。


「南の《堕落王》バジュラ・アジュラは大人しく野心もない。もうご主人様とは和解済みなので放っておいても問題はないでしょう。彼には南の統治を任せる程ご主人様も信頼されていますので。北の《猛火王》リーザ・ジャビーは好戦的ですが、頭がよろしくないので、いつもの如くテキトーな誤魔化しで少しの留守は平気なはずです。一応彼女もご主人様の配下ですし。一番の問題は西の《不動王》ガルマ・バルバトス、彼女にあります。ミッドヴァルトで唯一、ご主人様に屈していない不屈の魔王。いくら彼女が治める西側にサンマルカ王国があるとはいえ、彼女がワタシたちの留守を見逃すとは思えません」

「うーん、難しい話は、あたしには分からな~いぃいいい!」


 ハーピーのバーミリオンが鳥の両腕で頭を抑えて呻く。発熱しているようだ。


「それにヒツギくんの人望と話術、《屍術》をもってしても、どういうわけか水辺のトロールとかリザードマンとか魚人、後は植物系のドリアードは仲間になってくれないのよね」


 アラクネのラクラが、頬に手を添えて艶やかに小首を傾げる。


「ま、現在の勢力図はこんなところですわね。ではヒツギ様、わたくしたちにご指示を」


 ここまでの話を、この中で一番強大な、現魔王の《不死王》ルナ・バートリーが締めた。


「そうだな。まずはドロシア・スミシー。お前は今回留守番だ。その意味は分かるな?」

「肯定です。ワタシにご主人様の代役、否、影武者を務めろということでしょうか」


 ドロシア・スミシー。能力は《変幻自在》。相手の姿形(声や服装なども)を完璧に模倣することができる。そして驚くべきは、コピーした姿の宿主の三割の力を使うことができるのだ。つまりはヒツギに成り済まし、《屍術》の一部を行使することも可能である。


「そういうことだ。悪いな、ドロシア。一人で留守番をさせてしまって」

「いえ、ワタシにこの魔の森をお任せ頂けるなんて、恐悦至極でございます」

「正直、ここからアーガス王国とカルトガルド公国との戦場まで行って帰ってでは、何時間かかるか分からない。いざとなれば『切り札』を使って急いで戻るが、俺がいない間は《王権》をお前に一任する。配下にはドロシアに絶対服従するよう伝えておこう」

「ありがとうございます。お任せください」


 ドロシアは恭しく一礼し、後ろに控えた。その様子をルナが羨ましそうに睨む。


「南の《堕落王》バジュラ・アジュラが裏切るとは思わないが、ラクラ、一応お前の悪鬼甲蟲を放っておいてくれ。俺のゴーレムも使ってくれて構わない」

「分かったわ、ヒツギくん」


「北の《猛火王》リーザ・ジャビーは下手に刺激すると逆に火が付いてしまう。だからウルル、お前の配下である魔狼を監視に付けてくれ。俺のゴブリンも連れていけ」

「了解だ、ボス」


「西は……そうだな、バーミリオン、《七聖天帝》って知っているか?」

「しちせーてんてー? 何それ、食べ物? 美味しいの?」

「うん、知っていた。お前が知らないことを知っていた。で、その《七聖天帝》だが、簡単に言うと、アスガルドにいる七人の勇者的な存在だな。そして《七聖天帝》にはそれぞれ副官が付いている。要はこの世に、十四人の選ばれし人間の強者がいるということだ」


 そこでヒツギは一呼吸置き、続きを話す。


「アスガルドにいる十二人の魔王、《十二界王》と《七聖天帝》は互いに魔物と人間の生存を懸けて殺し合うため、入れ替わりが激しいんだ。一年前に《玲瓏帝》が《羅刹王》に敗北して死亡。その一月後には新たに《回帰帝》が誕生したくらいだ。そして、つい九日前、《荘厳王》が《極拳帝》に敗北して死亡。今、魔王は十一人しかいない状態なんだよ。その《極拳帝》は西のサンマルカ王国にいる。つまり《不動王》ガルマ・バルバトスは、今下手に動くことができない。それに西から東では中央を挟むため移動距離があるしな。だから西の防備は、ミノタウロス、サイクロプス、マンティコア、オーガ、このくらいで十分だ。ガルマの怪力にはパワー系の魔物で時間を稼げ。頼むぞ、ドロシア」

「かしこまりました」


「では、我々は早々に出立するとしよう。皆、準備は良いな?」

「いついかなるときでも、貴方のためにこの力を振るいましょう」


 ホロウが重厚な漆黒の鎧をガシャと鳴らし、存在しない首を曲げるような仕草をした。


「タイラントレックス、翼を広げろ。俺たち全員を乗せられるな?」

「貴様以外のゴミを乗せるのは気が引けるがな、それは『命令』か?」

「分かっているなら訊かなくていい。『命令』だ。キリキリ働け」

「死んだ者を扱き使うとは……まったく、ドラゴン使いの荒い主だ」


 タイラントレックスの背に、ドロシアを除く全員が乗る。ヒツギの《死体強化》で骨のコーティングがされており、その体は密度と強度が格段に増していた。


 タイラントレックスがヒツギに出会ったのは、今から一年半程前の話だ。そのさらに一年前、つまり今より二年半前、魔の森の王として君臨していたタイラントレックスは、七対一のドラゴン同士による殺し合いに負けた。それでも一体で三体のドラゴンを殺しているというから驚きだ。彼は弱いくせに生意気な奴や自分より強い奴を見ると無性に殺したくなる性質だった。タイラントレックスは死んでも死にきれずに、魂だけ朽ち果てた死体の近くに漂っていたところを、ヒツギの《死体操作》で半蘇生され、その恩義に報いるために従っている。今は悪徳屍術師ヒツギに使役されて、半永久的にブラック労働中だ。


 そんな彼の背中の中央には、骨で作られた《支配者の椅子》があった。

 ヒツギはそれに深く腰をかけ、短い号令をかける。


「これより、アーガス王国とカルトガルド公国の国境に向かう。衝撃に備えろ」


 タイラントレックスが重低音の唸り声を上げ、勢いよく空へと飛び立った。


「いってらっしゃいませ、ご主人様。後のことはワタシにお任せを」


 一瞬にして遠くに去って行った仲間たちを見送り、ドロシアは背を向ける。


「ワタシ……ごほんっ、私……俺はヒツギ。この魔の森を統べる、《黒の魔女》だ」


 そう口にした刹那、彼女の姿は形を変えた。顔のない女の姿、着込んだ清楚なメイド服、ライトグリーンのショートヘア、可愛らしい声、背丈は少し低めの159センチ。

 それが女と見紛う黒髪黒目へと。血を吸ったような鮮やかな赤い模様が刻まれた闇を思わせる黒い金刺繍の入った魔術師のローブ。中性的な男の声。背丈は165センチ。

 それは誰がどう見ても、先程までここにいた、ヒツギという少年の姿形であった。

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