第23話 領域外の戦士

 ダークエルフが言った通り、派手な土煙が巻き起こり、それが晴れた後には、先程とまったく同じ姿をしたストーンゴーレムが、ヒツギの目の前にいた。


「面倒な奴だな」


 膨大な魔力によって、仮初の命を与えられた土塊の自動人形。攻撃力、防御力が高く、魔術にもある程度耐性がある。だが、体内にあるコアさえ破壊すれば……否、


「次は一撃で全身を消し飛ばす」


 そう考え、筋肉を一度緩めて脱力し、体内魔力を爆発的に解放する。

 しかし目の前のストーンゴーレムは、目だと思われる位置を赤く光らせると、全身を激しく発光させた。網膜が焼け付き、思わず目が眩んだ。極光に飲まれる。

 視力が戻ったとき、自分のすぐ近くにいたはずのストーンゴーレムは消えていた。

 否、ストーンゴーレムがストーンゴーレムではなくなっていたというほうが正しい。


「くっ、クリスタルゴーレム。まさか、こんなときに限って……進化したのか……!」


 ダークエルフの女性が少し後方で、綺麗な目を曇らせ苦い顔で嘆く。


「おい、人間! クリスタルゴーレムには魔術が一切効かない! ここまで肉薄されては逃げ切れるかわからないが、私が囮になる。あなたはもう逃げろ!」

「魔術が効かない? ということは肉弾戦か? そいつは俺の専売特許だ」


 ヒツギの体から紅蓮の闘気が立ち上る。紅花から受け継いだ『武』の力。


「《肉体機能増幅フィジカルエンチャント》! 《ブースト》! 《ブースト》!」


 増幅した身体能力をさらに何倍も何倍も増加させていく。多少は体に負荷がかかるが、日頃からしっかりと肉体を作っているヒツギにとってはなんの問題もない。


「魔術が使えなくなったら戦えません。って、そんなの戦士じゃねぇだろ」


 猛烈な加速でクリスタルゴーレムに接近し、腰から特殊加工された戦闘用ナイフを二本引き抜き、クリスタルゴーレムの体を前面から駆け上がりながら、縦横無尽に斬り刻む。

 だが頭部にナイフを差し込んだ瞬間、ナイフは二本ともひび割れ、無残に砕け散った。


「やはり装甲は厚いか。慣れない武器は使うものじゃないな」


 そう毒づくと、ヒツギはクリスタルゴーレムの頭部を蹴り付け、宙を舞う。

 その際に、先程核を露出させた、クリスタルゴーレムの右肩を睨み据えた。


「人間! ゴーレムの核は復活する度に位置が変わる。次も右肩とは限らないぞ」

「さっきから、人間、人間、ってうるさいな。俺の名前はヒツギだ。そう呼べ」

「そ、そうか。すまない、無礼だった。私の名前はフィリシアだ。――って今はそんな風に、呑気に自己紹介をしている場合じゃないだろう!? ヒツギ、ちゃんと前を見ろ!」

「了解。火闇混合魔術! 《炎獄怨火葬えんごくおんかそう》」


 クリスタルゴーレムの全身を黒い炎の渦が包み込み、余すところなく焼き焦がす。


 しかし、その火が消えた後に姿を露わにしたクリスタルゴーレムには、燃え跡一つ付いておらず、さっきナイフで削った箇所以外は文字通り無傷だった。


「だから! クリスタルゴーレムには魔術は効かないと言っただろう、ヒツギ! あなたは私の言葉を信じていないのかしら? それともやけになったか?」

「実験だよ、フィリシア。魔術が効かない? それはどこまで? 別に無効化する力場を作っているわけではなさそうだ。《肉体機能増幅》は使えている。なら次に試すのは――」


 何やら気を損ねたらしい。クリスタルゴーレムが両腕を順に振り下ろしてくる。

 それをヒツギは両腕に焔を纏った《炎舞》でいなす。火の粉はゴーレムに付かない。


「なるほど。では《束縛レストレイントするチェーン》」


 ヒツギの両手のひらから大量の黒い鎖が出てきて、クリスタルゴーレム体を縛り付ける。

 魔術は無効化されず、見事なまでにクリスタルゴーレムの体を雁字搦めにした。クリスタルゴーレムは反抗の意志を見せ、近場にあった大きな石の塊を左足で蹴り飛ばす。


 その先には退避していたケルベロスとフィリシアがいた。

 ケルベロスは身を翻して回避する。ヒツギはフィリシアを連れて距離を取れという命令をそのアンデッドに下してはいたが、彼女を守れと言う命令は下していなかった。


 置いていかれたフィリシアは咄嗟に魔弓を構えようとするが、どうやら利き腕を痛めていたらしく、右手が痺れて矢を落としてしまう。そんな彼女が死を覚悟したとき――


「その女に手を出していいとは言っていないぞ! 《岩石ロックケージ》」


 ヒツギが地面に右手を付けていた。フィリシアの頭上に落ちてくる岩の塊を、彼女の前方に出現した土の壁が阻んだ。その間にフィリシアが後ろに下がろうと振り向いたときには、後方にも土壁がせり上がっていた。彼女の反応速度を上回る速さで左右からも分厚い土壁が現れ、フィリシアを全方位囲み、それが格子状になり、鳥籠のような形になった。


「強度は問題ない。フィリシアはこの戦いが終わるまでそこで見ていてくれ」


 ヒツギがフィリシアの安全を確保している間に、クリスタルゴーレムが万力で《束縛する鎖》を引き千切り、再び派手に暴れ始めた。


 ヒツギは千切られた闇色の鎖を引き寄せ手繰り、変形させて一本の槍と化す。


「いい加減、お前の相手は飽きたよ! 《突き刺すチェーンスピアー》」


 ストーンゴーレムの頭部、岩と岩を繋ぐ首の関節部に、手にした鎖槍を全力で突き刺す。

 関節部に鎖槍がぶつかり、燃えるように赤い火花を散らした。

 轟音を立ててクリスタルゴーレムは膝を着く。その瞬間――


「《ショートジャンプ》! 《肉体機能増幅》! 《加速ヘイスト》!」


 ストーンゴーレムの前面に一瞬で移動し、その腹部に奥義である《絶招》を打ち込む。


「決めるぞ! 絶招・《浸透双掌波しんとうそうしょうは》!!」


 中国武術における発勁の一つ、《浸透勁》と《双掌打》の合わせ技。

 下半身の筋力と推進力を背中の筋肉で増幅させ、至近距離から両手のひらをクリスタルゴーレムに密着させた刹那――強く前に踏み込み、体を捻る勢いを加えた《勁》を与える。

 体の外部と内部を同時に破壊する、必殺の掌打。


「ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!」


 痛覚のないはずのクリスタルゴーレムが、悲鳴にも似た唸り声を上げながら巨腕を振り下ろす。それを《ショートジャンプ》で躱したヒツギは、ひび割れて塗装の剥がれたクリスタルゴーレムの左脚部に、赤紫色に光るコアを発見した。

 そこに一筋の光、すなわち勝機を見出す。


「今度はそこにあったか――《硬気功》! 《斧刃脚ふじんきゃく》」


 肉体の一部を気血で硬化させ、人間相手なら脛を蹴り折る下段蹴りを放つ。

 クリスタルゴーレムの右脚部がヒツギの強烈な下段蹴りで粉砕され、体が大きく傾く。


 そして、その右足から水色のコアが露出し、逃げるように上空へ飛んだ。


「終わりだ! 《螺旋貫手らせんぬきて》」


 地に足をつけ大地の力を利用し、下半身の膂力を上半身へと流動させた。

 体全身に捻りと回転を加え、左腕を引き手にして物凄い勢いで捻った右腕で強力な貫手を放つ。その瞬間に《ショートジャンプ》で空中に転移し、大地の力を生かしたまま、ヒツギの右腕が竜巻のような螺旋を描いて、クリスタルゴーレムのコアを破壊した。


 粉々に砕けた水色のコアが、風に流れてガラスの破片のように宙を舞う。

 そのままクリスタルゴーレムはその巨体をバラバラに崩し、完全にその活動を止めた。


「……倒したか」


 ヒツギは華麗に地へと着地し、額の汗を拭いながら呟いた。

 汗で背中がぐっしょりと濡れ、軍服の下に着たシャツが張り付いて不快だ。

 息遣いもだいぶ荒くなっている。心臓の鼓動がやけにはっきりと聞こえた。


 まだまだ魔力が満ち満ちているはずなのだが、その運用が上手くいっていない。

 それはそうと、脅威であった魔物は倒したのだ。なら次は亜人との初接触と行こうか。

 ヒツギは《岩石の檻》に捕らわれたままのフィリシアに近づく。


「まずは礼を言わせてもらう。ありがとう、おかげで助かった。だが、その上で問おう。ただの人間が――この魔の森になんの用だ?」


 圧倒的な力を見せたヒツギを前に、彼女の瞳は不安げに揺れていた。




 それからおよそ二年後――――





 ★ ★ ★ ★ ★


 第二章完結。

 ←To Be Continued……


 二年の時を経て、魔の森には複数の魔王がひしめく。ミッドヴァルトには四天魔皇が君臨し、縄張り争いをしていた。

 東の《黒の魔女》。西の《不動王》。南の《堕落王》。北の《猛火王》。新たな戦いの火蓋が切って落とされる。

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