第22話 ダークエルフとの邂逅

 施しは受けない。自分の『駒』は自分で揃える。ここから屍の軍勢を築く。

 そう決めたヒツギは、早々に行動に移した。


 大きく吼え、飛びかかってきたケルベロスの爪を、身を捻って躱す。

 そのまま右回転し、腰を軸にして、捻る力を加えた勁力をぶつける。


「《左掌打》!」


 基本的な技で、ケルベロスの大きな体が吹き飛ぶ。今の一撃で、表面だけでなく内側にまで衝撃を浸透させた。よって、ケルベロスの動きが一瞬、膠着する。その隙をついて、


「《シャドウボール》」


 紫黒色の球体が弾丸のようにヒツギの右手から放たれ、ケルベロスをさらに吹き飛ばし、太い木の幹に勢いよく叩き付けた。


「やった! これで……」


 ケルベロスは全身から大量の血をぶち撒け、しばらく痙攣した後そのまま死を迎えた。


「許せ。弱肉強食は原初のルールだろう? 《屍術・操眼》からの《死体操作》」


 目の光を失っていた、ケルベロスの瞳が赤黒く輝き、再び動き出した。

 自らの力で作り上げた、記念すべき最初の《アンデット》。


「ケルベロス、辺りに人……はいないか。亜人か魔物がいないか調べてきてくれ」


 配下となった、死体のケルベロスはこくりと頷くと、森の奥へと入っていった。


(さあ、これからどうする?)


 当面の目標は周囲の魔物を狩り、屍の配下を増やすとしよう。だが、ここから先、ずっと一人で会話もできない死体と過ごさなければならないと思うと、正直気が重い。


 できれば話し相手になり、戦闘でも頼れる、生きた存在――亜人を配下ではなく仲間に加えたいところだ。しかしそんなに簡単に、気兼ねなく話せる亜人と出会うことができるのだろうか。可能性はかなり低いだろう。


 そのとき、ケルベロスが鼻を鳴らし、蛇の鬣を揺らしながら帰ってきた。


「なんだ? 何か見つけたのか?」


 ヒツギの言葉に、ケルベロスが「ゴォーン」と鳴き声を上げる。


(そうか、喋れないのか)


 基本的に《アンデッド》は気味が悪い呻き声を上げるだけで、人間の死体であろうと話すことができないのは確認済みだった。であれば、獣が言葉を介することなど不可能だ。


「じゃあ、行こうか、ケルベロス」


 一人で黙って行くのもどうかと思ったので、一応アンデッドの獣にも声をかけた。


 二人、否、一人と一匹で森の奥へ進むと、生い茂る木々が開け、女の悲鳴と重い衝撃が突き抜けた。岩と地面に、人型を模した巨大岩石の塊、《ストーンゴーレム》がそびえ立っていた。その魔物が放つ剛腕の一振りを、ヒツギよりもやや身長の高い女が避ける。


 ストーンゴーレムの一撃を寸でのところで躱した女は、亜人の《ダークエルフ》。

 耳の長い長寿の種族であり、背丈は168センチほど。艶のある褐色の肌に大きな胸。紫色の肩にかかるくらいのショートカット。宝石のような紫黒色の瞳の左下に、妖艶な泣きぼくろがある。潤いのある艶やかな唇が美しい。しかし額から流血していた。


 背中には矢筒を、両手に特殊な弓――《魔弓》を携えて応戦している。

 もちろん、ただの弓矢ではなく、魔力を込めた魔弓なので、貫通力は高く、それこそ弾丸並の威力のはずなのだが、生憎と硬さに特化したストーンゴーレムが相手では分が悪い。


 確かにストーンゴーレムは強力な魔物ではある。外部からの衝撃に強く、耐久性に優れている。だが、ヒツギに言わせれば、硬さに物を言わせた剛腕が武器の、ただの岩屑だ。


 ダークエルフの女性と少し離れた場所から、ヒツギは遠慮がちに声をかける。


「あ、あの~、もしかして、助けが必要だったりします?」

「に、人間っ!? なっ、なんで、こんな魔の森の奥に……!」

「まあまあ、今はそんなことを訊いている場合じゃないと思うけど?」


 右の振り下ろしを、ダークエルフの女性に躱されたストーンゴーレムが、威圧感のある唸り声を上げて、今度は左足を持ち上げ、そのまま彼女を踏み潰そうとする。


 ダークエルフは身を捻って魔弓を引き絞り、ストーンゴーレムの頭部に放った。

 その矢はストーンゴーレムの顔面に直撃し、顔と思われる部分の左半分を吹っ飛ばしたが、数秒後には何もなかったかのように再生していく。


「……私では対処しきない。亜人である私が人間にものを頼むなど、礼儀知らずと思われるかもしれない。けれど現状はこれだ。すまないが、助けてもらえないだろうか」

「人間も亜人も関係ないでしょう? 困った人がいれば助ける。そこにややこしい理由はいらない。ケルベロス、彼女を頼んだよ。俺から距離を取ってくれ」

「……っ! そうか、あなたはそういう人間なのだな」


 ヒツギは《ショートジャンプ》で、一瞬にしてストーンゴーレムの眼前へと転移する。


「さぁ、戦いの始まりだ。速攻でカタをつけてやろう」


 颯爽と駆けるケルベロスが、ダークエルフの服を口で咥えて自分の背に投げ、上に乗せて運び、間合いを置く。これで準備は整った。後はこの高まった魔力を解き放つだけ。


「消し飛べ、ザコが! 《シャドウボール》」


 前に構えたヒツギの右手のひらから、紫黒色の巨大な球体が生まれる。

 その塊が勢いよく射出され、ストーンゴーレムの胴体にヒット。その巨体をバラバラに粉砕し、形を保っていた全身を崩す。だが、直撃を避けた右の肩口から、赤紫色に光る核のようなものがコトンと音を立てて地に落ちた。直観的に嫌な予感がする。


「ダメだ! ストーンゴーレムは、体のどこかにあるコアを直接破壊しない限り、半永久的に復活を繰り返す」


 ダークエルフが言った通り、派手な土煙が巻き起こり、それが晴れた後には、先程とまったく同じ姿をしたストーンゴーレムが、ヒツギの目の前にいた。

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