第20話 姦淫王

「お前は、誰だ?」


 ヒツギは雲がかった意識を総動員して、目の前に佇む女を見つめる。


「さぁ~てね。当ててごら~ん」


 背中から黒い翼が生えている。宙に浮いている。左目の本来白目の部分が黒く染まり、その瞳は金色。頭には山羊のような黒い角が二本カーブを描いていた。

 さらに言えば、滅茶苦茶おっぱいが大きい。間違いなく魔物。


 昔、王城の書籍で見たことが確かなら、その正体は悪魔――《デーモン》。

 甘い香が立ち込める中でそう思う。

 尻から覗くハート型の尻尾と、子宮の辺りに刻まれた禍々しい《淫紋》。


「お前は、サキュバスか?」

「おお~、当たり~。おめでとう。ハグしてあげよっか?」

「すまない、体が動かないんだ」

「あっ、それね~。今治療したばっかりだから、無理に動かさないほうがいいよ~。一部骨が粉砕されて臓器に突き刺さっていたし、出血も酷かったからね~」


(俺は、意識を失っていたのか……)


 ……凄く、眠い。そういえば、もう何日もまともに寝ていなかった。


「私の名前は、リリス・レェチャリィ。よろしくね~、ヒツギちゃん」

「ふっ、王族を……しかも男を……ちゃん、付けか。変わった奴、だな……」


 鉛のように重くなった瞼を懸命に押し上げ、ヒツギはリリスの言葉に耳を傾ける。

 なぜ、彼女は自分の名前を知っているのだろう?


「ねぇ、キミ。もう他のお仲間さんはみんな死んじゃったんでしょ? 魔の森で人間が一人で生き残るなんて無理だよ~。ってなわけで、私が仲間になってあげよっか?」

「いらない。俺はもう誰にも頼らない。これからは一人で生きていくんだ」

「ふふんふ~♪ この状況で私の誘いを断るとは、いい度胸しているじゃないの~。益々気に入ったわ~。……私のモノになれ」

「悪いが遠慮しておく」

「へぇ、じゃあ訊くけどさ。キミ、王族の癖になんでそんなに強いの? 体も見させてもらったけどさ~、酷い傷だらけじゃん。どれだけハードに鍛えればそうなるのさ? 超ストイックじゃん」


 ヒツギは上着を脱がされ、上半身裸でリリスと対面していた。


「あまり見るな。努力というのは人に見せつけるものじゃない。それと、お前は俺の体を見る目がいやらしい。この淫魔め」


 リリスは、ただじっとヒツギのことを、全身を舐め回すように観察していた。


「なんだよ。何か言いたいことがあるなら言えよ」

「そっちこそ、何か私に言うことがあるんじゃないかな~? 私、瀕死のキミをここまで運んで治療して、助けてあげたんだよ~。ん?」

「……っ! あ、ありがとう」

「えー? 声が小さくて聞こえな~い。もう一回言ってみ。心を込めて」

「あ、あっ、ありがとう! 感謝している。こ、これでいいか?」


 目の前の悪魔は意地悪な笑みを浮かべて、ほくほくとご機嫌な様子だ。


「それでね~、キミを治療してあげた代わりに、今からキミを犯そうと思うんだけど。別に良いよね~?」

「……は?」

「あは、嫌って言っても、ヤることはヤらせてもらうんだけど~」

「何を……」

「だ~か~ら~、エッチしよ♪ って言っているの」

「いや、ちょっと待て」

「無理矢理っていうのも、サキュバス的にはもちろん興奮するんだけどさ~。やっぱり私的には和姦のほうが良いわけよ。ま、キミに拒否権はないんだけどね」


 サキュバスのすることなど分かり切っている。すべてを絞り尽くし、精魂尽き果てるまで犯すつもりだろう。そのような辱めを許せるはずがない。どれほど見た目が美しくてもこいつは悪魔なのだ。そのまま魂を持っていかれるかもしれない。


「ま、待て。待ってよ。心の準備が、まだ――」


 なんとか時間を稼いで、こいつから逃げないと。せっかく生き残ったというのに、死んでしまう。サキュバスの性行為はかなり激しく、相手を枯らす。


「いーや、待てないねー。もう、いろいろ限界なの。分かる? 溜まっているのよ」


 とりあえず、この場から逃げようと体を動かすが、腕が重くて上げらない。足も重く、鉄の重りを付けられているようだ。疲労がピークに達している。一度意識を失ったことで緊張の糸が途切れたのだろう。だが、理由はそれだけだろうか?


 よく見れば、周囲には球状の桃色の結界が張られており、外とは隔離されている。

 そしてその中、ここは痺れるほどに甘い匂いがした。


「キミは私のモノにする。絶対に逃がさない。快楽の虜にしてあげる♪」


 すでにここはサキュバスの、淫靡な快楽を貪るためだけの空間。


(マズイ、軽く眩暈がする。あまりにも濃い、女の――雌の匂いだ)


 その中に閉じ込められたのだ。まともに体も動かせない状態で。

 であれば、もうこの身は、リリスに蹂躙されてしまうのだろう。

 それだけは嫌だ。自分はもう誰かに支配されたくないんだ。奪われたくない。


「た、助けて……誰か……」

「あはぁ~、もう他人に縋ってる。思ったより、これは堕ちるのも早いかも♪」


 こんなところで、人としての尊厳を悪魔に奪われるなんて、屈辱的だ。


「心配しなくても大丈夫だよ。しっかりと躾けてあげるから。そのうち自分から這いつくばって尻を振るようになるわ~。頭の中ぐちゃぐちゃになって、エッチなことしか考えられなくなるよ~。呂律が回らなくなるまで犯す。イキ狂わせて失神させてやる♪」


 愉悦に歪んだ女の顔と、恐怖に怯えた男の顔が、互いに見つめ合う。

 頭半子分、リリスのほうが上にある。彼女はそのままこちらに口を近づけてきて、リリスはヒツギの顎を左手で支えるように持ち上げると、そっと優しく口づけをした。


「ふっ、んん……! んむっ!? キ、キスされ……あ、むーっ! んっ……」


 唇と唇が触れ合い、そのまま強引に小さな口をこじ開けられ、長い舌を差し込まれる。


「ん!? ぁっ……あ、はっ……ん、あむっ、ちゅっ……」


 驚く暇もなく、口内を無理矢理こじ開けられ、ヒツギはされるがままになる。


 生まれて初めて受けた恥辱に頭が真っ白になる。目尻に涙が浮かんでしまった。口内を舐め回される感覚。くぐもった声を上げるヒツギを無視し、リリスはキスを続ける。

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