第19話 回帰する命

 ◇ ◇ ◇ 


 その眼差しは穏やかに。それでいて凄みを感じさせる。


「ふふっ、面白いものみ~ちゃった☆ あの子、滅茶苦茶私の好みだわ~」


 そこにいたのは、リリス・レェチャリィ。

 女のデーモン族にして、人の形をした《サキュバス》。

 悪魔という、命の概念がない、金髪ロングのナイスバディ。


 左目の白目の部分が黒く、瞳は金色。背中には漆黒の翼が生えている。

 おまけに、頭には山羊のような黒い角が二本生えていた。

 宙に浮いてはいるが、身長は172センチくらいだろうか。

 剥き出しのヘソの下、子宮の辺りに禍々しいハートマークが刻まれている。

 先端がハートの形をした、黒くて細長い尻尾がお尻から覗いていた。


 そんな彼女が見つめる先には、一人の小柄で少女のような少年の姿がある。

 暗い森の中で、ヒツギ・フォン・アーガスはぐったりとし、完全に意識を失っていた。

 全身から血を流し、乾いた赤い雫が黒く滲んでいる。

 リリスは、その少年に踊るように軽やかに近づいた。彼の喉に触れる。呼吸はある。脈もある。まだ生きている。だが、それも風前の灯火であることに違いはない。


「ふふ~ん、可愛いから連れて行っちゃお~」


 もちろんなんの抵抗もなく、リリスに抱きかかえられたヒツギは、魔物のいない柔らかい地面の下に運ばれる。そのままリリスは結界を張った。桃色の薄い膜が広がる。これで外界とは完全に遮断された。光も音も漏れない二人だけの秘密の空間。


「…………じゅるり」


 ヒツギが見せる、一国の王子とは思えないほど、余りにも無防備であられもない姿に、リリスは思わず舌舐めずりをする。長い黒髪を結っていた紫色の紐も千切れていた。


「まずは、その体を見せてもらうわよ~」


 リリスが一切の躊躇いもなく、ヒツギの、アーガス王国軍服の上着を脱がせていく。

 すべて剥がされたヒツギの体が露わになり、ほどよく発達した胸筋と綺麗に六つに割れた腹筋が晒される。その体は王族だというのに、傷だらけであった。

 もちろん現在負傷中ということもあるが、散見されるものは古傷ばかり。

 どれだけ過酷な鍛錬を積めば、こんな体になるのか。リリスは少し興味が湧いた。


「あら、可愛い顔して逞しいのね~。益々滾っちゃう。でも、まずは回復させないとね。このままだと、もうじき死んじゃうわ~」


 リリスはヒツギの全身を光り輝くオーラで包む。悪魔なのに《治癒術》を持っている。それがリリスの特徴であり、悪魔として珍しいサキュバスの中でも異質な存在であった。

 一時間程わき目もふらず、熱心にヒツギの身体に魔力を流し続けていると、やがてヒツギがゆっくりと目を開き、数度瞬きをした。


「あれ……俺は、あのとき……。生きている。確かに、致命傷を負ったはず……」


 その紫水晶のような双眸が、《サキュバス》――リリス・レェチャリィを捉えた。

 ハッとした顔を見せたヒツギは身構えようとしたが、甘い痺れで体が動かない。


「んふふ、こんなにも綺麗で高貴な王族を堕とせるなんて、興奮しちゃうわ~♪」


 すでにサキュバスの香が、この空間内を占めていた。

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