第14話 生誕を祝う黒い繭

 ◇ ◇ ◇ 


 諸々の挨拶が終わり、ついに今日のメインイベント、ヒツギの《固有魔術》お披露目の時間がやってきた。さっきまで華やかだった場は一堂に静まり返り、妙な緊張感がある。


 ヒツギの専属教師を務めているヒルデガルド・エーベルが、ヒツギの前に黒い魔鳥、ムルムルを持ってくる。鳥籠の中にいるムルムルは地球のカラスによく似ていた。

 ヒツギが産まれたのは午後六時六分六秒。あと一分でその時が訪れる。


「若様、緊張しなくても大丈夫ですよ。どんな固有魔術が発現しようと、また私と一緒に鍛錬し、己のものにすればいいのです。安心してください、私が若様を導きますから」


 今日はヒツギの生誕祭なので、普段はおちゃらけているヒルデも真面目な顔をしており、服装も黒と青が混じった魔術師のローブに、右手には《魔杖》を握り締めている。

 さっきまで、派手な青いドレスを着て盛大に飲み食いしていたが、固有魔術習得の儀を任されたため、少し前にこの正装に着替えてきたのだろう。


「ありがとう、ヒルデ。貴女が俺の『先生』で良かった」

「……もう、こんな場所で、そんな真剣な目で言われたら……泣いてしまいそうです」


 ヒルデは、ヒツギにセクハラ行為を繰り返してきたどうしようもないゲスだが、ヒツギが十歳のときからおよそ五年間、ずっと一緒に過ごしてきたのだ。

 母親とまではいかなくとも、独り立ちする弟を見送る姉のような気分なのだろう。


 ゴーン、ゴーン、ゴーン、と鐘の音が三度鳴る。時間だ。今、ヒツギは成人を迎えた。

 そのとき、ヒツギの身体から紫色の粒子が湧き出る。来たか、と思った瞬間、その場のすべてを飲み込むような闇、黒い渦がヒツギを覆い尽くし、嵐のような奔流に巻き込まれた。十五歳の誕生日を迎えた今、ヒツギの中で禁忌の扉が開く音がした。

 周りの陳列者が騒ぐ中、ヒルデが静かな声で、それでいて会場全体に響くように、ムルムルに問いかける。


「ムルムル、若様――ヒツギ・フォン・アーガスの《固有魔術》を申し上げなさい」


 カラスのような魔鳥、ムルムルがその嘴を開き、甲高い声を上げる。


【――告げる。ヒツギ・フォン・アーガスの固有魔術は……《屍術》! ヒツギ・フォン・アーガスは、死を操る《屍術師》。ネクロマンサーだ。この宣告に間違いはない!】


「なっ!」


 目の前のヒルデがかつてないほど取り乱し、ムルムルに大声を上げた。


「な、何かの間違いでしょう! もう一度、若様の固有魔術を正しく告げなさい!」


【何度でも告げる。ヒツギ・フォン・アーガスの固有魔術は《屍術しじゅつ》。人や魔物の死体を操る力。また、死体に憑依するなどの倫理に欠けた行為を可能とする能力。この世界では数十年に一人しか生まれない、忌み嫌われた――呪われし《固有魔術》だ】


 会場がざわめく。アーガス王城に広がる、かつてないほどの負の波紋。


「そんな、バカな……俺が、《屍術師》……ネクロマンサー、だと……」


 眼前のヒルデは顔を伏せている。

 ハッとして、ヒツギは周りの人間を見た。

 彼等から向けられるのは好奇の目、というよりも恐ろしいものを見たという感じ。

 王子であるヒツギに対して、わざわざ口にはしないが、誰もが自分を憐れんでいた。


「嘘、だろ……」


 王座に座る、父ルーク・フォン・アーガスを見る。ルークはヒツギを残念そうな目で見つめていた。その隣にいる母へレスは手で口を覆っていた。兄ベントレーはいつものように蔑みの目で見つめていた。妹のモニカは泣きながら走ってその場を去って行った。


【その者は必ずや大いなる災いを呼ぶ。殺すのなら力をつけていない今のうちだ!】


「黙れぇえええ! 《インフェルノ》!」


 これ以上、喋らせてはいけない。ムルムルの話に付き合うのはごめんだ、と言わんばかりに、怒りの炎を目に宿したヒルデが、ムルムルを存在ごと焼き尽くす。

 それでも告げられた事実は覆らない。真実は不変。何も状況は変わらない。


「は、ははっ……冗談きついって。結局、この世界でも、俺はこういう扱いかよ。何をしても、無駄なのかよ。今まで、今までずっと頑張ってきたのによぉ……。クソが、神がいるなら憎むぜ。クソ、クソ、クソぉおおおおお!」


 乾いた笑いをこぼした後、ヒツギは悲鳴にも似た咆哮をアーガス王城に響き渡らせる。

 艶のある黒い自分の長髪を、両手で掻き毟った。ブチブチと音を立てて、自らの毛を引き抜く。受け入れられない現実から、必死になって逃避しようとしていた。

 果てのない絶望が、体の芯にまで一気に襲いかかってきた。


「ははっ、俺には……もう、何も残されていない……何も……」


 この世界で《屍術師》になるということは、この世界でこれから先、たった一人で生きていくということだ。それくらい、ヒツギでも知っている。

 それだけ《屍術》という固有魔術は、ヤバイものなんだ。


「なんで? なんで俺には何もないんだ! どうして俺だけ! 何も……っ!」

「……っ! 若様、何を!?」


 ヒルデの声ももう届かない。脳内を怨嗟の亡霊に取りつかれた。

 紫水晶のような綺麗な瞳が毒々しく光を放ち、赤黒い魔力が放出され迸る。

 脳の奥深くから力が満ち溢れてきた。鍵をかけた扉が強引にこじ開けられる。


「ダメだ。制御できない。離れろ、ヒルデ。……何もかも――破壊してやる!」

「止むを得ない、取り押さえろ!」


 実の父、アーガス王国国王ルークの大きな声が頭に響く。


(――クソが! どうせお前も、俺を見捨てるんだろうがッ!)


 ヒツギの四方を取り囲むように、鉄壁の守り、闇属性魔術――《地獄門》が現れる。

 その不気味なシルエットをした扉が開き、無数の屍、骸骨の群れが雪崩れ込む。

 衛兵が顔を歪めてヒツギに襲いかかり、ヒルデが必死にヒツギを止めようとする。

 ヒツギを中心に凄まじい極黒の渦が吹き荒れた。

 それは、新たな魔の者の生誕を祝う繭だ。


【我が憎悪の炎を受け入れろ。地獄の門番よ。貴方こそ、新たな《死の超越者》である】


 網膜を焼き尽くすほどの強烈な闇の閃光が、血飛沫のように撒き散らされる。


【ヒツギ・フォン・アーガス、貴方に力を与えましょう。その見返りとして、私が望むことはただ一つ。この世界の救済。貴方には、いずれ『魔王』になって頂きます】


 脳裏に二つ響く、悪魔のような誰かの囁き。

 その暗い音色が身体を支配する。

 その目に映る、すべてを壊せと誰かが叫ぶ。

 思考を焼き尽くす怨嗟の声。


(クソ、クソ、クソ、クソ。クソぉおおおおお! もう少しで、俺にも……光が……!)


 鳴り渡る多くの泣き声と叫び声。当然、王城内はパニックになるだろう。

 そんなことを他人事のように遠くで思いながら、ヒツギは闇に意識を手放した。


「私は若様の先生です! 若様は私の初めての生徒。だから、若様は――生きて!」


 暗黒の繭に包まれていくヒツギに、ヒルデが手を伸ばす。しかし彼女の手は彼に届くことはなかった。絹を裂くような、ヒルデの悲痛な叫びが城内に響き渡る。




 ◇ ◆ ◇


 第一章完結。

 ←To Be Continued……

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