第10話 三年後――『師』VS『弟』
あれから、およそ三年の歳月が過ぎた。
「――って時間飛び過ぎでしょ! 私と若様のイチャイチャシーンをカットするな!」
三日後、ヒツギはとある王立魔術学園に、筆記、実技ともに『首席』で入学することが決まっている。というか、地の文に突っ込むな変態。
「こらーっ! 無視ですかぁ? そうですか、無視ですかもうっ!」
三年経ったものは経ったのだから仕方ない。時の流れとは無常なのだ。
でもまあ、イチャイチャしていたことを否定はしない。若干、一方的ではあったが。
何度かヒルデの部屋に通ったが、こう見えて、彼女の部屋は滅茶苦茶良い匂いがする。アロマとかではなく、ヒルデ自身の、甘い……女の香り立つ匂いがするのだ。
「あんなにあどけなく可愛かった若様も、今ではすっかり色っぽくなってしまって……清楚な中にも隠しきれない香しい色気……開きかけの蕾のようです。私が剥いて差し上げましょうか? 剥いて愛でて散らしてしまいたいです」
「はぁ、あなたはまったく変わりませんね、先生」
ヒツギの対面にいるのは、ヒルデガルド・エーベルだ。
下心に満ち満ちた、いつもの下卑た笑みを浮かべている。相変わらず気持ちが悪い。
ちなみに未婚。というか、彼氏すらいない。いたことがない。
「ホント、若様ってエロい躰していますよね。なんか良い匂いするし」
「おっさんみたいなこと言わないでください。気持ち悪いです」
「小さくてぷりっとしたお耳。柔らかそうな唇……」
「通報するぞ」
ヒルデはこの三年間、散々ヒツギにセクハラを繰り返しては殴られていた。本当に懲りない奴だ。そのせいで魔術師のくせにヒルデの耐久力は異常に高い。次第に《勁力》の加わった打撃にすら耐性がついてきた。
この変態は本当に恐ろしい。いろんな意味で。
気安く頭を撫でる。勝手に髪を触って匂いを嗅ぐ。唐突なハグに頬擦り。耳かきと称してセクハラ。マッサージと称してセクハラ。脱衣所のパンツを盗む。風呂場に乱入。寝室に侵入からの夜這い。勝手に添い寝。エトセトラ、エトセトラ。やりたい放題やってきた。
(なぜ、こいつは逮捕されないのだろうか? 本気で疑問だ)
「それでは、今日は一時的な卒業式を執り行いたいと思います。俗にいう決闘というやつですね。このヒルデちゃんから一本取れれば免許皆伝。晴れて我が同士、選ばれし本物の魔術師となるのです」
「この日のために、とっておきの切り札を用意してきました。今日は俺が先生に授業をして差し上げます」
「へぇ、それは楽しみですね。なら、私に勝てたらご褒美をあげましょう」
ヒルデの笑みが深まる。普段のゲスな笑みではなく、闘志を滲ませたもの。
「魔術が絶対的な力だと思っているのなら、それは大きな勘違いですよ」
「それを仮にも魔術の『師』である私に言いますか。つけあがることと成長することは、別だということを教えて差し上げましょう」
ヒルデはスッと眼鏡を知的に上げる。変態のくせに生意気だ。
「ついでに若様の私に対する負のイメージを360度ひっくり返してやるぜぇえい!」
ドヤ顔のお手本のように、彼女が豊満な胸を張る。
ぷるんっと悩まし気に揺れた。
「一周回って元の場所に戻ってきてんぞ、変態教師」
しかし、おふざけもここまで。
次第に二人の間で魔力の火花が散る。
『師』と『弟』の本気の闘い。
静かに熱く対峙する両者。
周りに被害をもたらせないため、今日は王城から離れた誰もいない岩場に来ている。
だから、これから起こる戦いは、一切の手加減なしだ。
「では、決着方法は、相手に大きな一撃を入れるか、気を失わせるか、参ったと言わせれば勝ちということでよろしいですね、若様」
「いいでしょう。乗った」
「互いに高め合える、誇りのある戦いであらんことを」
ヒルデはヒツギに背を向けて歩き出す。自分もそれにならって反対側へと足を進めた。そしてどちらともなく両者が同時に振り返る。三年間で培った呼吸はバッチリだった。二人は互いのことを深く理解し合っている。だからこそ、この決闘でまだ見ぬ魅力を互いに披露しようとする。それが一定の域を超えた魔術師の性。
「いざ尋常に――――――ッッ!」
「――――――勝負です、若様!」
開幕速攻。
ヒツギは中国拳法の秘門歩法――《
「やはり、接近戦で来ましたか。見え見えですよ」
ヒルデが薄く笑う。
しかしその予測はこちらも予測していたことだ。
「《音越え》」
ヒツギは《肉体機能増幅》によって倍加した瞬足移動で、ヒルデとの距離をゼロにする。
「甘いですよ、《
その寸前、ヒルデが高度な無属性魔術で宙に飛ぶ。それをヒツギはジャンプで追い、
「《
虚空を空中蹴りでさらに上昇。
ヒルデが目を見開く。
「
力任せの強烈な殴打が炸裂。
だが、ヒルデは瞬時に多重魔術障壁を張って防いでいた。
「やられたらやり返す、三倍返しです! 《ブースト》からの《水神拳》!」
高密度な水を纏った、身体強化済みのヒルデの拳が、ヒツギの腹にめり込む。
「がっ、は……っ!」
「若様のおかげで、私も少しは肉弾戦もイケるようになったのですよ」
(過程はどうあれ、ヒルデと俺は、互いに高め合える存在だったということか)
地に叩き付けられる前に受け身を取り、ヒツギはヒルデから距離を置いた。
向こうは接近戦で来るのを読んでいる。
だからというわけではないが、ここは中間距離での魔術戦に挑む。
近距離での肉弾戦では、自分のほうがヒルデより強いのはすでに分かりきっている。彼女が見たいのは、距離を開けての、魔術師同士の魔術の撃ち合い。
ヒツギのその技量。この三年でどれだけ成長したか。それを今から見せる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます