第9話 模擬戦闘
変態はめげずに話を続ける。
「イメージカラーは黒。何者にも染まらない漆黒。過去の苦痛や憎しみが力になります。その人の暗黒面、負の塊ですね。とはいえ、王族として比較的恵まれて育ったヒツギ様にそんな暗い過去はないと思いますが……」
両親からの愛を受けずに虐待されて育ち、金で売られて捨てられて、紅花に拾われたはいいものの、その紅花も交通事故で死に、孤独な人生。
そして、自身も一切陽の光の当たらない地下で惨めに死んだ。家畜以下の人生。
アスガルドに転生してから今日までだって、過酷な鍛錬を自らに課し、行き過ぎとも言える熱心な王族教育をこの身に受けている。
責務をサボっている、兄のベントレーとは違うのだ。
そんなことを考えながら、適当に魔素を流し込んでいると、
「で、出ました! まっ、ま? 真っ黒!? ど、どういうことです? 透明だった水晶玉が闇で覆い尽くされて……え、ええっ、そんなことって……」
(あーあ、やっちまったな、これは……)
水晶玉を見る。変わり果てたそれは、何か底の見えない深い穴を覗き込んでいるみたいだった。視線を引きつけて離さない。ブラックホールみたいに体ごと吸い込まれそうだ。
「若様の闇属性の適応率は100パーセントです。この世の最高値! 鍛錬を積み成長すれば、このアスガルドで史上最強の闇属性魔術師になることも可能です! それだけのポテンシャルを秘めています。そしてその師匠、いえ、『先生』になるのは闇属性のエキスパートであるこの私、ヒルデガルド・エーベル。あ~、これ、天下取ったな。変態同士、末永く仲良くいたしましょう♪」
「お前と一緒にするなぁあ!」
「どこまでも辛辣ぅううう! あなた、それでも私の生徒ですか!? でも、その冷たい視線も美しい……ゾクゾクッしますぅ!」
「先生、気持ち悪いです」
「大丈夫ですか? 気分が優れませんか? そうですよね、王族なのに闇属性の適応率が100パーセントという前代未聞の数値を叩き出したんですもんね。何か身体に異常が? どれ、私が触診しましょう。ちょっと服を脱いでくださいっ!」
「気持ち悪いのは、お前じゃボケぇえええ!」
「ええーっ! わ、私ぃいいい~!」
「自覚なかったのかよ」
「ま、いいです。とにかく、これで若様の各属性の魔術適応率の数値が出ました。これからは、光属性は諦めて、平均値は平均的に伸ばしつつ、得意な土属性と、異様なまでに適正のある闇属性魔術を鍛えていきましょう! 大丈夫です。ヒルデちゃんの固有魔術は《全魔術属性の適応率上昇》。これですべての魔術属性を満遍なくカバーできます」
こほんと咳払いをして、ヒルデは理知的に眼鏡の縁を上げた。
「よろしくお願いします、先生」
ヒツギは改めて頭を下げ、これから専属教師になる変態へ敬意を表した。
「では、今日は無属性基礎魔術を二つ学びましょう。一つ目は《魔術障壁》です。魔術戦では幾多もの魔術が飛び交います。それから身を守る最低限の術を最初に学びましょう。方法は簡単。手のひらに魔素を込め、前方に丸い壁を描くように魔術円を展開します」
《魔杖》をカツンと鳴らしながら、ヒルデは右手のひらを前面に押し出す。
すると、透明に近い水色の魔術円が目の前に展開された。
「試しに軽く殴ってみてください」
「軽く? 小突く程度でいいんですか?」
「ふふのふ♪ 舐めないでください。軽くというのは言葉のあやです。全力でいいですよ。私の魔術障壁を素手で破ることなど、若様には絶対に不可能ですから。そう、ぜっったいにぃ! ここに来る前に調べましたけど、多少武術を齧っているみたいですが、あんまり強く殴りすぎて、自分の拳を痛めないでくださいねぇえ?」
(うっぜぇ。マジでイライラする)
ムカつく顔で煽りに煽られて、むっとしたヒツギは少々本気を出させてもらうことにする。魔術障壁とは魔素で強化された魔力の壁だろう。
(なら、こっちも魔素を身体に流し込んで肉体を強化すれば……)
全身に気を巡らせ気血を流す。
己が内に眠る体内魔素を解放。
前世で『枷』を外す感覚に似ていた。
目で見て肌で感じるほど、はっきりと紅蓮の闘気が炎のように立ち上る。
「《
「え!? 若様、それ次に私が教えようと思っていた無属性基礎魔術の二つ目、《肉体機能増幅》じゃないですかぁあああ! やばい! ダメっ! 壊れちゃうぅううう!」
慌てふためくヒルデとの距離を遠慮なく詰める。
「ふぇぇ、保有している体内魔素の量も桁違いですぅ。こんなの一方的な暴力ッッ! 膜が破けるぅううううう!」
「覚悟してくださいね、先生! 《
至近距離からの、中国拳法における中段突き。
震脚を打ち鳴らし放つ、神速の縦拳。
それがヒルデの魔術障壁にめり込み、いとも容易く粉砕した。
そのままヒツギの拳は、ヒルデの鳩尾に吸い込まれていく。
骨が軋み、筋肉が唸る。
さらに加速する拳。爆ぜる力。
解き放たれし剛腕が炸裂。
「無理無理無理無理ぃ! こんなときは――《アクアウォール》」
ヒルデの体の前に、瞬時にして水の壁が生成される。
大量の水は拳の突進力を失わせ、ヒツギの破壊拳は彼女の大きな胸の前で止まった。
「甘いな、先生。さらにここから――《凰式神拳・散華》!」
インパクトの瞬間に拳を捻り込み、《勁力》を加える。
ヒルデの《アクアウォール》を爆散させ、思いっきり水の壁を吹っ飛ばす。
「あっぶねぇえええええ! 何をするんですか、この暴力生徒は!」
「いや、先生が全力でやってもいいって言ったから」
「だからって、教えてもいない《肉体機能増幅》を使ってガチで殴らないでくださいお願いします! というかなんですかあの突き! 若様、武術を齧った程度じゃないじゃないですか! マジで極めちゃってるじゃないですか! 何者ですかもうっ!」
「なんで逆ギレしているんですか」
「むっきぃー! もういいです。いいですよーだ。若様がそんなにハッスルするなら、私も遠慮しませんよぉ!」
「お前は最初から俺に遠慮なんてしていないだろ」
額に青筋を浮かべたヒルデは、手のひらをヒツギに向ける。
「では、さっきの私のように《魔術障壁》でこれを防いで見てください。防ぎきれないと若様の服のみが破けますよ」
凄く嫌なことを言って、「うひひひ」とキモく笑い、下卑た顔でヒルデは術を唱える。
「(服を)切り裂け! 《ウォーターカッター》」
無数の水の刃が迫る。加圧された水が目にも留まらぬ速さで襲いかかってきた。
(いきなりこれか。マジで遠慮がないな)
ヒツギはヒルデが魔術を発動する前に、瞬時に右手のひらを前面に突き出していた。
展開したヒツギの《魔術障壁》と、ヒルデの《ウォーターカッター》がぶつかり合う。
「チッ、服は破れませんでしたか。なら、次はこれです。ただの《魔術障壁》では防ぎきれませんよ! 《アクアレーザー》」
高密度な水がレーザーのように勢いよく、一直線に突っ込んでくる。このままでは《魔術障壁》を破られ、こちらの体を貫通する勢いだ。
「殺す気かっ! 先生――――ッ!」
回避は間に合わない。被弾覚悟で《化勁》か《纏》で受け流してダメージを抑えるか? いや、それぐらいなら、ぶっつけ本番でやるしかない。そう思い、
「――展開! 《多重魔術障壁》」
ヒツギは両手のひらを前面に押し出し、力のセーブは考えず、とにかくありったけの魔素を流し込んだ。目の前に多重の円が広がり、魔術障壁が二枚重なる。
「さらに、もう一枚!」
ぐっと奥歯を噛み締め、魔力を巡らせる。
目の前に三重の《魔術障壁》が展開された。
「とっ、《トリプルプロテクション》!? またこのショタ生徒は、私が教えていないことをぉお! 後で私が手取り足取り腰取り教えるつもりだったのにぃいいい!」
苛立ちを抑えるように、ヒルデが悔しそうな顔で歯噛みする。
ヒルデの《アクアレーザー》は、ヒツギの三重魔術障壁によって、完全に防がれた。
「……今日は、もう教えることは……ありません」
完全にヒルデの元気がない。意気消沈。肩を落としてがっくりとうなだれている。
ヒツギはそんなヒルデの両頬を掴んで、こちらに顔を向かせた。
「ありがとうございました。また明日もよろしくお願いします。とてもいい勉強になりました。先生に教えてもらえて楽しかったです」
にっこり顔でヒルデに優しく微笑む。
(こいつにはこれからも世話になるからな。少しだけ媚びを売っておこう)
「…………天使かな? 天使なのか? もうたまらん! キスしてやるぅ! 若様の初めては私がもらうぅううううう!」
ヒルデが唇を突き出して迫ってきた。
思わず、腹に中国拳法の《形意拳》の縦突き《
「おっ……! ご、ごふっ……がっ、ぁ……」
「この変態」
「その蔑んだ視線すら……美しい。ガクッ、げぼぉ……ぉぉろ」
最後にまたキモいことを口にして、ヒルデは眼鏡を落とし、白目を剥いて気絶した。
これにて、本日の授業は終了。変態教師との仲は一日で一気に深まった。
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