第8話 闇に選ばれし者

「気を取り直して、水属性いってみましょう。イメージカラーは青です」


(今度は簡単だ。単純に水を思い起こせばいいのだろう。だが、一言に水と言っても、果たして、どこまでが水なのだろうか? 判断基準は水分……つまりは液体か? だとしたら、体液や血も含まれるはず……)


 水は流動性の象徴。錬金術における水の記号は子宮の表示であり、女性的な意味を持つ。


「出ました。適応率50パーセントです。また平均値を超えましたね。おめでとうございます。水晶玉の色が純粋な青ではないですね。何か他のものを想像しましたか?」


 確かに、水晶玉は綺麗な青というよりは少し濁っていた。


「次が四大属性の最後、土属性です。イメージカラーは……うーん、黄土色もしくは茶色でしょうか。私は土属性の魔術が苦手なので、これ以上は上手く説明できません」

「土と来たか。陰陽五行説に出てくる『土』。『金』と並んで分かりにくいやつだな」

「……む? 陰陽五行説?」


 ヒルデが聞きなれない単語に首をかしげていた。

 地表を覆う物質としての土。その土壌を食材として使う土。土は水と同じく可視的な元素だ。自然な状態では、すべての元素の中心に位置する、万物の元素の一つ。固定的状態の象徴。

 だが、前世で葬儀屋の息子であるヒツギにとっての土とは、死体を焼いて骨を砕いた後に埋めるもの。埋葬。死に関する、不浄にして清浄な矛盾を孕む物質。


「ん? え! ……あ、あの、適応率70パーセント……です」


 ヒルデが驚きに目を見張る。


「それは、どのくらいの凄さなのでしょうか?」

「一属性とは言え、適応率70パーセントという数値を叩き出す人は高等魔術学園でも十傑に入ることが可能なレベルです。エキスパートと言えるでしょう。正直に申し上げると、土属性では若様は私の適応率を超えています。いずれは私を凌駕するでしょう」


 水晶玉を見ると、これまでにないほど茶色く、所々に汚れのようなものが混ざっていて、灰色みたいになっている。まるで遺灰のように。


「えー、とにかく、これで四大属性の魔術適応率は測定し終わりました。あとは光属性と闇属性、これまでのどれにも属さない他属性ですが、これらは一切適応率がない者もいるのであまり期待はしないでくださいね。数値が低くても特に落ち込むことはありません」


 ただ、とヒルデは続ける。


「若様の母君、王妃ヘレス・フォン・アーガス様は光属性の適応率がかなり高く、またその固有魔術も《治癒術》と回復系。癒しの才能があります。由緒正しき王族には、光属性の適応率が高くなる傾向があるので、若様にもそれは期待できるかもしれません」


 こいつはまたプレッシャーをかけてくるな、と思いながらも、ヒツギはこの十年間、真面目に誠実に生きてきたことを思い出す。

 そんな自分ならばきっと大丈夫なはずだ。


「では、水晶玉に手を。光属性のイメージは太陽の光。温かな癒しの力を、聖なる誇りを想起してください」


(太陽の光、か。前世ではあまり浴びたことはなかったな。紅花に会って、俺は変わったんだ。なら、俺がイメージする光とは、紅花そのもの。『師』である彼女が、俺の太陽)


 水晶玉に魔素を流し込むが、反応しない。


「あの、若様……大変申し上げにくいのですが、えっと、その……」

「なんだ? 遠慮するなよ。どうした? まさか70パーセントを超えたか? まあ、この世界で悪いことをした覚えなど一度もないからな。当然と言えば当然の結果だ」

「いえ、それが……10パーセントです」

「は? はぁ?」

「ですから、若様の光属性の適応率は10パーセントしかないんですっ!」


 水晶玉を見る。一見なんの変化もない。

 だが、よく目を凝らすと、端っこのほうが微かに、ほんのごく僅かに灯っていた。


「下手に適応率がゼロより酷いですね。失礼ですが、若様……前世で何か悪行でも為しましたか?」

「本当に失礼な奴だな」


 確かに自分は前世で葬儀屋の息子として生まれ、死体を焼いて骨を砕いて土に埋めた。それ自体は立派な職業の一つだ。

 しかし、高森柩として地下闘技場で命を懸けた殺し合いを幾度となく繰り返した。悪事の片棒を担がされたことも無数にある。


(……うん。俺って罪人だな。法治国家日本では立派な犯罪者だ)


 ずーん、という効果音が出るほど、ヒツギは落ち込む。

 その肩にヒルデがいい笑顔で、ぽんっと手を置いた。


「ふっ、強く生きろよ」

「殴るぞ、お前」


 敬語も忘れて半眼で睨む。

 そのドヤ顔、ムカつくな。


「怖っ! 顔は舌舐めずりするほど可愛いのに、目付き悪っ!」

「うるさい! ほっとけ、色欲魔!」


 もはや、生徒と教師の関係が崩壊しかかっていた。


「えっと、じゃあ最後に、闇属性いきますか? 闇属性は一般受けの悪い、外道魔術って呼ばれているんですけどね。闇属性の適応率が高い人は、変な人が多いです」


(そういえば、ヒルデも闇属性の《催眠魔術》が得意と言っていたな。なら納得だ。要は変態が覚える魔術だろ。俺とは無縁のはず……あれ? これフラグじゃね?)


「でも、光属性の適応率が限りなくゼロに近いヒツギ様なら、案外闇属性の適応率は70パーセントくらい叩き出しそうですね。王族なのに、ぷぷのぷぅ♪」

「慮外者め。お前……いい加減、不敬罪で処刑するぞ」

「おっと、口が滑りました。私、可愛い少年にはイジワルをしたくなるタイプなのです」


(お前は好きな女の子をからかう小学生男子か)


「では、水晶玉に手を。闇属性のイメージは無数です。それこそ何をイメージしても、その人の『闇』が浮かび上がります。私の《催眠魔術》も邪な妄想から生まれましたから」

「先生、あんた本当に最低だな」

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