1→3侵 SS 月が沈み、太陽が増える日
その日、速報と題した臨時ニュースが宇宙船内で報道された。
『本日11時30分頃、衛星軌道上に突如黒い球体が現れました。昼間の空に浮かぶ球体を、肉眼でも確認できます。』
「サボってないで仕事しなさいよ。」
「へいへい。」
ノイズや時差があるけれど、地球のニュースを受信できている。仕事と言っても、ほどんどの作業は
俺の前には、惑星間の物資輸送の経過と木星のガスを航行燃料として抽出する工程が表示されている。順調。そして暇。AIがミスをしていた時代でもあるまいし。
『次に、多発する行方不明者の捜索について——』
地球は、黒い球体に行方不明者か……。月でも行方不明者が出たとか何とか言ってたよな。
数人の行方不明ではないらしい。1000人単位とか、黙って移住しただけじゃねーの?
ダラダラ
『本日、午後4時10分頃。衛星軌道上の黒い球体が、忽然と消えました。』
「何なの? 今日のニュースは、デマばかりね。瞬間移動でもあるまいし。」
「ハハ、夢があって良いじゃないか。」
「AIに聞いてみなさいよ。瞬間移動したら人間が、どうなるのか。」
そうなのだ、瞬間移動は実現できていない。小動物での実験が失敗した、というニュースが流れて久しい。世論の反対を押し切ってまで人間で試そうとはしないだろう。
光学迷彩を見破る技術は、あるはずだが……俺みたいに寝てて見逃したか。
「え、うそ。」
「どうした?」
「月のニュース見て、さっきの黒いのが映ってる。」
「はぁ? ……おいおい。」
チャンネルを切り替えて、笑いが引っ込んだ。確かに1分前の地球の報道に映っていた黒い球体が、月の近くを漂っている。
2体いるのか? と思った時。黒い球体からトゲのような突起が伸び、あろうことか月面基地へ向け、攻撃し始めた。
着弾した建物に開いた穴から空気が漏れているのか、外壁の一部が、人が、人だったモノが宇宙空間に放り出されていく。
「VRの映像? 規制されるから、あんな描写は無いよな。」
「う……気持ち悪い。」
同僚が吐き気を催している。当たり前だろう、AIが悪影響のある映像を規制する時代。おそらく初めて見たのだろう。
AIが森林の映像に切り替えた。『悪影響のあるコンテンツだと判断されました。以後、同種の映像には制限が課されます。』というメッセージとともに。
翌朝、黒い球体による月面基地の壊滅および居住者全員死亡というニュースが報じられた。
「ひでぇな……。」
言葉が見つからない。遺体捜索中、基地との通信途絶、そして目的不明という不気味さ。
昨日から月を眺めるように漂い続けていた黒い球体が、ついさっき地球の衛星軌道に戻ってきてしまった。そして、再び行方不明者が増えた。
キャスターが一身上の理由で交代していた。
ちょっかいを出した国が、根こそぎ消えた……主に人が。
一部では「神が降臨した。」とか、終末論を叫ぶ者もいた。不安なのだろう。
演説中の大統領が消えた映像の真偽を問う者たちもいた。ぜひ方法を解明してほしい。
『消えた? 消えました! 再び黒い球体が消えました! 脅威は去ったのでしょうか。』
午後、火星の
地球での消えた報道から、火星での出現までの時間が短すぎる。
月面基地の時と同様、眺めるように漂った黒い球体は、音も無く消え去り——
「何だよアレ……。一方的じゃねぇか。」
「え? 警報? ……ひぃ!」
「どう、し……ウソだろ……。」
――木星の周回軌道上に現れ、警報が鳴り響く。同僚が仰け反る様を眺める余裕は無かった。俺たちも、という不安が過ったからだ。
「お、おい! 逃げるぞ、脱出する!」
「え、やだ、何なの!?」
「ちぃ!」
同僚は、錯乱している。仕事場を離れ、救命ポッドへ移動する途中でプラント全体に響く射撃音が聞こえてくる。隕石の衝突などを防止するための装備で、黒い球体を攻撃し始めたようだ。
今までの報道から、無意味だろうと思った。さっさと救命ポッドに乗り込み射出を待つ。
数人が浅ましく「自分が先だ。」と言い争っている。うるさいな、と顔を上げ、
逃げてきた人の肩越しに外を見た時、視界が白一色に染まった。
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