幕間 泣き虫・昴
高屋昴を一言で表すならば、“平凡”以外の言葉が見つからない。音楽が好きで、周りよりそれが秀でていても、それが井の中の蛙であることを知っている。小さな村の天才は、大きな街では凡人と変わらない。齢一桁にして高屋昴がそれを理解できたのは、彼を取り巻く環境のためである。
高屋煌也。昴の一つ上の従兄である彼は、漫画に出てくるような非の打ちどころのない少年だった。勉強もスポーツも、そつなくこなす彼は常に中心でいて、期待に対して謙虚だった。どういう経緯があったのか、煌也もまた都会での自分の立ち位置を見極めていた。
村の子供のあこがれであった煌也に、当たり前かのようにできた恋人。頭脳明晰で品があり、美しい少女の名は坂本星ノ華。村長の一人娘で、誰からも愛される少女である。誰もが当然のように恋をし、煌也の存在を知って退散する。昴もまた星ノ華に恋心を抱いたが、煌也は自分の兄貴分で恩がある。挑むには、昴のスペックが低く、星ノ華への想いは禁断のそれと形を変え、昴は心に押し込めた。二度と開けることができないように、自分の中の星ノ華に頑丈に蓋をした。
知らないというのは恋愛において罪である。星ノ華は変わらず弟のように昴を可愛がり、そのたびに蓋は揺らいだ。色恋に関して星ノ華が鈍感なわけではなく、昴が敏感過ぎたのだ。昴の鼻歌を褒めちぎる星ノ華は、いつしかオリジナルソングを要求するようになってくる。煌也を介さない交流はあったが、その程度だった。
落書き帳に綴った言葉たちが、認められない下手くそなメロディーと歌声を纏い、一番愛しい人によって生を受ける。
「星ノ華ちゃん、できたよ」
「おお!見せて、見せて!」
それでも――
煌也が他県の高校に進学し、村に残った星ノ華との音楽の思い出。常に音楽が寄り添った濃密で少し残酷な時間を、昴は今も大切に温めている。
「昴、すごいね。煌也にも聴かせてあげたいなあ」
微笑む星ノ華に昴ができることは、必死で笑うことだけ。煌也の愛情でできている星ノ華の心が、それに気づくこともないだろうが、それでも昴は笑う。
星ノ華の笑顔が、昴の心を色づけているからだ。
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