第二話 売れないシンガーソングライター

今日も、聞き飽きた汚い言葉でしびれた脳みそを、癒してくれる夜が来た。


『で、ダメだったわけだ。事務所殴り込み』

「そ、そんな殴るとかしてない……」

『根性なしめ』

「関係ないっしょ」


 閑古鳥はいつ巣立つのか、皆目見当もつかない。シフトの関係で一日暇ができ、大手音楽事務所へ直訴して回った。


 芸術高校主席卒業。

 現在は路上ライブを中心に活動、楽器屋でバイトをしながら生計を立てている。


 僕の掲げることのできる案件は、この二つだ。二つ、だけだった。



『なんていわれたの?』

「“売れない人間の学歴も感性も、信じられない”」

『ウケる』

「慰める気がないよね、貧乳星ノ華ちゃん。あ、カップは確か」

『それセクハラ、煌也に言うよ』

「ゴメンナサイ」

 盛大に笑われ、溜息をつけばまた笑われ。まあ、僕なんかのネタで笑ってくれるなら本望だ――でも、煌也兄ちゃんならこんな時、どうしただろうか。星ノ華ちゃんがどうしようもなく苦しい時、どうしたかな。

 姉弟のような関係でいる、今。それを許しているのは、煌也兄ちゃんがいないからだ。まったくもって不謹慎だけど、この毎夜の電話がなければ、僕はいま何をしているんだろう。

 やっぱり星ノ華ちゃんが忘れられなくて、電話したのだろうか。

『あーあ。本当、あの頃に戻りたい』

「またそれ?」

『楽しかったな、嬉しかったし。昴も煌也も出て行って、寂しいから』

 僕と星ノ華ちゃんは一つ違い。煌也兄ちゃんは高校で村を出たから、僕が中学三年生の時は、星ノ華ちゃんと二人きりだった。

 星ノ華ちゃんのいう“あの頃”が、いつかは分からないけれど、僕もあの頃に戻りたい。


「星ノ華ちゃん、ちょっと待って!」

『ん?どうした?』


 元気を出して、笑顔の君が見たいから。

 中途半端な歌とギター、それしか僕に武器はないけれど。


 それが、星ノ華ちゃんの世界に新たな色を付けられるなら。


「聴いててね。“星に願いを”」



 今度こそ、あの時の彗星に想いを――




「どう、かな」

 突然の電話越しライブ。“星に願いを”を夢中で歌い終えると、星ノ華ちゃんは絶賛してくれた。


 すごいよ、昴。

 上手くなったね。

 夢が現実につながってるよ。


 しかし、夢が長く続くわけもなく。


「煌也にも聴かせてあげたいなあ」


 やっぱり、星ノ華ちゃんの心は、僕の苦手な煌也兄ちゃんのもので。黒い嫉妬の焔を消すにはまだ、僕は大人じゃなかった。

 それでも笑った。必死だった。道化師のように張り付いた笑顔。電話でよかった。


 失恋どころか告白さえしていないのに、電話を切ったとたん、涙があふれた。悲しくて苦しくて、やるせなくて悔しくて。


 どこまでも僕は、煌也兄ちゃんに勝てない。


 高屋昴は、弱虫で度胸がない。きっと生まれ落ちてから、そういう風にできているんだ。

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