第9話 改稿(問題多い 少しづつ改める)

 シルヴィアは嘘をついている。

 彼に会いに行くといっていたのも嘘。

 


 急勾配を駆ける。遙か前方にいる様々な色のスポーツウェア姿の男女の群を追い抜いた。下ってくる中年男性とはすれ違い様、笑顔を交わした。

 坂の頂上にたどり着くと、そこには○○の葉が夕暮れ前の



 子供の頃にお気に入りだった中央広場の大噴水を思い出す。(特徴)

 大人になっても変わらぬ愛着を抱いていた広場も鮮明な記憶の映像があるにも関わらず、それが現実のものだったのか確信が持てなくなっている。

 疲れている、とエスメラルダは思った。


 先ほど追い抜いた男女が坂を登

 エスメラルダの横を抜け、肩を上下させ、白い息を吐きながら彼女から遠ざかっていく。エスメラルダがしばらく忘れていた当たり前の体の反応だった。


 体はどれだけ酷使しても疲れない。

 だが、遠い昔の楽しかった出来事を無意識に振り返るような時は、疲れているに違いなかった。走り回って、疲れた体にビールでも流し込みたかった。走り回って、疲れた体をベッドの中でゆっくりと休めたかった。


 疲れない体というのは不便だ。

 達成感もなければ、発散もできない。


 


 エスメラルダはサンエスペランサにやってきた頃、その全てに驚嘆した。中でも、インターネットにとても強い衝撃を受けた。

(私の故郷にはそんなものはなかった)

次に

(私の故郷にはそんなものはなかった)

そして

(私の故郷にはそんなものはなかった)


 インターネットの使い方を覚えた後に、自分の生まれ育った街を探した。最初は自然に、最後には必死になってマウスの左クリックを押しまくっていた。彼女の故郷が存在しなかったからだ。


 写真で見たイギリスのロンドンの○○通りによく似ている、静かな街だ。


 戸籍には聞いた事もない名前の父と母の情報があり(調べる)

 通った覚えもないスクールを卒業していた事になっている。

 

(あの時、初めて人を撃った時。そして、二度目に祈りながら銃を撃った時。私は目の前の光景を飲み込めず、否定した)


 


(誰も口にしない。私の知らない世界へ飛ばされたのだろうか? これも例の不思議な力の影響なのか)




(誰も口にしないのだ。そう、私が人を殺してしまった事に対しても。それどころか、全てが無かった事になっている)


 出来れば嘘であって欲しい惨劇を暴く事を躊躇った。

 だが、躊躇いもここまでだと諦めた。

 一歩踏み出せば、そこに見たくない現実があるかもしれない。

 エスメラルダに強い決意をもたらす出来事が訪れたのだ。


 思い出の中に住んでいる親友を見つけたのだ。

 テレビの向こう側にいる彼女を。

 私が確かにあの時殺してしまった、テューダ・トライアングルを。


 『毒ガスだ!!』

 もう、何度も見た映像だった。

 誰かの叫び声が始まりの合図だ。

 人が人を押しのけあい、倒れ、踏み、踏まれ、駆け回る路面に砂埃が舞う。軍隊アリの行軍にも似ているが、アリの方がまだ上品に見える。

人の波に必至に耐えながら現場を映し続けていたカメラもやがて力つき、天地がひっくりかえる。すぐ側で言い争う声が聞こえたかと思うと、それは遠ざかっていった。主人を無くしたカメラに映る地獄は死人の目を通して見た景色のような気がした。


 阿鼻叫喚止まぬ空間は法から隔絶された世界に変わっていた、


 エスメラルダは席を立つと、ダイニングを回り込み、向かいのキッチンへと向かった。


『ピンクの煙が・・・・・・!!』


 テレビの中の無法地帯の空気が変わった。

 縦開きのオーブンドアをゆっくりと開ける。焼けたばかりのパン(種類)の焦げた香ばしい香気が部屋に満ちる。エスメラルダは用意していたショッピング用の茶色の紙袋にトングで一つずつ、丁寧にパンを入れていく。


『煙の中に人の顔・・・・・・ッ』

 エスメラルダの背後で、人々の地を踏みならす音が緩慢になり、口々に何かをつぶやき始める。皆、戸惑っている。


 ガツッと固いものが当たる音がした、カメラが蹴り飛ばされたらしい、そしてくるくると旋回すると、灰色の砂嵐が混じった静止画になった。

 パンを詰め終えたエスメラルダは肩越しに振り返り、静止したテレビ映像を眺めていた。


 エスメラルダは旋回中のカメラの映像の一瞬を見逃さなかった。

 コーヒーハウスの周囲を取り巻き、天に伸びたピンク色の煙が大きな人の顔を成していた瞬間を。


 彼女は見たことがある。

 幾重ものピンク色の薄帯が空を泳ぐように、絡み合うように優雅に蠢き、それは何かの形を成そうとするのだが、形を成さず、様々な顔を作りあげ、それらは一つとして同じ顔に変化しなかったが、そのどれもが泣いているのである。


 エスメラルダは、テーブルの上のリモコンを取り上げ、録画した映像をもう一度、頭から再生した。紺色のパンツスーツ姿のブラウンの髪をしたレポーターが事件の現場を離れた安全な場所からレポートしている。


 エスメラルダは少し離れた場所にある、書き物をする机の上から一通の手紙を取り上げた。差出人は『テューダ・トライアングル』


『テロリストのテューダトライアングルです』

(私の幼なじみ)

『彼女は麻薬カルテル ナクア内で短期間で幹部に登りつめ・・・・・』

(子供の頃から、世話好きで誰からも頼られる、優しいヤツ)

『』

()

『とうとう、追いつめられた模様です。ご覧下さい、特殊部隊(調べ)が珈琲ハウスを取り囲み、臨戦態勢に入っています・・・・・・』

(追いつめられたお前に何もしてやれなかった。アイツは私を許してくれるだろうか)




『毒ガスだ!!』



 エスメラルダは手紙に目を走らせた。

 サンエスペランサのある区画に赤い目印が打たれている手書きの地図。

 彼女は互いに共有した過去を持つテューダが、何かを懐かしむ事を期待していた。書いているのだとしたら、エスメラルダへの憎悪だと予想していた。ほんの少し、楽しかった子供の頃の事を懐かしんでいてくれる事も期待していた。


(私は孤独だ)


 エスメラルダは手紙を封にしまい、玄関へと向かった。


(嘘ばかりだ)


 エスメラルダは自分の身分証をも封にしまった。

 戸籍上には聞いた事もない出身地、知らない両親の名前があった。

 彼女の思い出の中にある街はこの世のどこにも見当たらない。彼女の辿ってきた痕跡すらも、姿を消した。


(お前だけなんだ)


 懐に納めた一枚の写真。どれだけ眺めただろう、この世のだれもが否定するその世界が、この写真の中にある。エスメラルダと、テューダと、その弟のネイサンが笑顔で映っている。彼女は写真も封へと納めた。


(私を恨んでいてもいい、会いたいよ)


 エスメラルダは部屋の電気を切り、部屋の中は真っ暗になった。

 小さな火が点り、エスメラルダの顔が闇の中でほのかに、オレンジ色に輝いていた。

 エスメラルダの全てが詰まった封筒に火が移り、灰が闇に溶けるように落ちてゆく。炎を纏った封筒はタイル床に落ち、カツンと音がなった。彼女が燃えカスを踏みつぶしたのだ。

(もう、何もない。お前と会って、過去を取り戻す。何が何でも)


 エスメラルダは外へ出た。

 決意が、彼女に火をつける。これから真実に向けて一歩を踏み出すのだ。目標が目に見える場所にある、手を伸ばすなら今しかない。



△▼△▼△

 わたしは泣いている

 そうだ、いつもそう

 それに気づいたら、もう泣き方も忘れてしまっていて


 もつれあった冷たいモヤモヤが、弾けそうな感覚

 泣く事で捨ててきたそれをずっと抱えて生きている この街に来てから


 自分が何者であるかがわからないとうのは辛いな

 私は何処へ行っても異邦人エトランゼ


 お前はどうだ?

 この世界の生き方を知っているなら教えて欲しい


 なぁ、テューダ

 お前も泣いているのか

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