第8話 やりとり テスト

「ここはいつ見ても汚いね」

 彼女が言った。僕は悪い気がしなかった、彼女の表情は凍った皮膚が氷解するように徐々に柔らかくなる、実家へ帰ってきたように。長身のスレンダーな体形と、清潔感のある白と黒の上下(服の特徴)、の彼女は老朽化したリビングルームの中で浮いている。ブロンドの髪が光を


「街はどうだった?」

「相変わらず、汚い!」

 彼女は破顔し、困ったような顔で言う。だが、どことなく嬉しそうだ。

「僕としては清潔な部屋を一つ設けて、そこを治療部屋にしたい」

「やらせてる」

 意識してはいないが、人の表情は常に動いているのだとあらためて知る。

 治療部屋の話を出した後、彼女の表情は止まったまま、言葉は慣性で床を滑るように淡々としていた。

「銃創

 彼女を前にすると、得意の冗談が出ない。脳がそれを許さないのは、彼女の顔がとてもくたびれているからだ。日に日に弱っていく、目的には近づいているがそこへ辿り着くまでに体がもつのか気になった。

「皆、汚れてしまえばいいのに。そうなれば、少しはマシになる」

「マシ?」

「綺麗すぎると、ちょっとの汚れが気になる。掃除した後に、埃を見つけたらどこから湧いて出るのか、巣を見つけて退治したくなって……」

 僕は彼女、テューダが最後まで言い終わるのを待ったが、結局、彼女は言葉を切ったまま何も言わなかった。何となく自分の境遇を遠回しに伝えたいのだと思った、溜まった何かを言葉にしないとすっきりしない、言いたい言葉は山とあるはずだが、僕はそれを聞く資格がないし、うぬぼれてもいない。

「あいつの話」

「ああ、そっちの方か」

 上手く話題を反らしてくれた、と思った。主導権は彼女にある。

「綺麗な街に溶け込める、凶悪犯罪者ってどういう生き方してるんだろう?」

 本来、唾棄すべき存在が街に溶け込んでいる。とても綺麗な街の表側に。僕たちは街の裏側にいる。ガイドブックに立ち寄らないように注意書きのしてある、そんな場所にいる。

 僕の考えだと、おぞましい行為は既に行われていて、失われたものに気付いた時には、それは戻らない。それでも街の表側では話題にもならない。

「僕が行けば死者の声を聞くことができるけど?」

「あんたは、あの子をお願い」

 あの子、エスメラルダという女性。特徴は聞いているが、顔が上手く想像できない。

 聞いた特徴から、似顔絵を描いた。絵心が無いのを自覚した上での暴挙だった。

 出来上がりのあまりの酷さに絶句していたが、彼女はすぐに大笑いした。

 彼女が笑った。それ以来、少しづつテューダと打ち解ける事ができた。

「一人でやるの?」

 無論、加勢するつもりだ。エスメラルダを守りつつ、ターゲットを追う。

 できるだろうか。

 

「弱ったな。エスメラルダを見失ったらこの広いサンエスペランサで誰が誰やら」


 僕は2週間前に書いたエスメラルダの似顔絵を取り出して改めて眺めた。

 バランスの悪いピカソのパーツが、ダリのようにとろけた不条理な絵だとテューダに評された。絵心はないと思っていたが、ピカソにダリ。偉大な芸術家ではないか。

 テューダの部下がエスメラルダを見失ってしまった今、この絵に頼るしかない。

 芸術的感性の持ち主がいれば、聞き込みをしても反応するだろう。




語り

ルーパート=ルディルディアス


祖国をクーデターで失う。

国に伝わる災いを呼ぶ108冊の魔道書を焼き捨てるために、クーデターに関与したCIAの局員を追っている。


テューダが魔道書の影響下にあり、彼女の口から探している男達の情報を得る。彼らがいるという

世界に存在しない街、ウッドロッドを目指す。

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