第3話

 シルヴィア・ジェミニがFBIのアカデミーを卒業して一年が経過しようとしている。元、ハリウッドのメイクアップアーティストだった彼女が思い切った方向転換をはかり、念願は叶った。

 シルヴィア・ジェミニの容姿は美しく、メイクを施される女優と並んでも遜色なかった。現地のメディアがそれを取り上げ、彼女自身も有頂天になっていた。そして事件は起こる。


 

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 シルヴィアは無事、救出されたが殺人鬼の異常性に触れ、その恐怖から解放される事はなかった。ハリウッドには戻れない。技術はある、ただそこには衆目の目が集まり、シルヴィアは無防備だった。女優にはガードがつく。代理人、その他サポートメンバーが。シルヴィアは一人だった。


 彼女にとって驚異であったのは、殺人鬼は逃走をはかり現在も行方知らずだと言うことだ。シルヴィアはアメリカにまだ「あの男」がいると思うだけで、震えて動けなかった。常に神経過敏で(※この設定は、保留)


 彼女は自分の人生にこびりついた腐った臭気を払うべく、チームに属し、なおかつ異常者と戦うための術を身につけたかった。思うより先に体が動いていた。情報を集め、そして苦労してFBIの適正試験に合格したのだった。

 

 異能の女、エスメラルダの監視が彼女にとって最初の任務になった。



 彼女は特殊メイクを施し、時には車から、時には背後から気づかれないように監視対象者エスメラルダを尾行した。協力者である人達の盛り上がりに少し冷静になるように諭した事もある、彼らは秘密を共有し、一つの人の輪ができたように見えたが、エスメラルダはかやの外だった。違和感がないようにと、忠告したがエスメラルダはそれを感じ取っているようだった。


 彼女はいつも帰りに射撃場へ通い、数種の武器を試し撃ちする。

 銃など持った事もないようで、最初は不慣れだったが、徐々にうまくなっていった。それでも、我流ゆえのクセが残っていて、それはシルヴィア自身がFBIアカデミー時代に教官に厳しく注意され、矯正されたクセと同じだった。シルヴィアはエスメラルダの側に寄って撃ち方を指南してあげたいと思った。そうしたら、今の数倍のスピードで上達するのに・・・・・・。監視対象者に武器の扱い方を教えてあげようと考えるのは間違っている。だが、彼女はひたむきで、殺人鬼の顔をしてはいなかった。シルヴィアがかつて遭遇した、殺人鬼。全米を恐怖に陥れた・・・・・・。


 経験上、シルヴィアは悪党を見抜く目があると自負している。エスメラルダにそれは感じられないばかりか、嘗て、FBIアカデミーで周囲の足をひっぱりながらも助けられていた、以前の自身の姿と重なって見えた。出来があまりに悪かったのだ。パンチもなってない、キックも。大振りで隙がありすぎる。小さくジャブを刻んで牽制する事を知らない、ただ思いっきり殴って蹴れば良い、そんな意識が彼女にある。下手くそだが、無心に攻撃を繰り出すエスメラルダの目は真剣だった。何かの目的を持っている、強い何かを。





「最期にあなたに祈りを」


 メル・アイヴィーは両手を組んで胸の前に掲げた。そして、静かに祈り始めた。祈りは歌になり、歌は心地の良いメロディを形成し、耳の中から脳の隅々まで浸透していく。どこか別の世界で世の喧噪から守られているような気がした。○○は目を閉じ、それに聞き入っていた。祈りの内容は、ここ数日の出会ってからの事を淡々とメロディに乗せているだけで、彼女が得意な詩的な表現は皆無だった。島のカフェで飲んだ珈琲が美味しかっただの、本当はホットケーキも注文したかっただの、他愛もない事がつらつらと耳に流れ込んでくる。だが、確かにそれは彼女との間に起こった出来事であり、良い思い出だった。


「さようなら」


 風が吹き抜けた。軽くなった体が風とともに飛んでいってしまいそうな気がした。側で風に流れるメルの髪の擦れる音が止んだ時、周囲に漂う甘い匂いも消え、それで目が自然と開いた。彼女はどこにもいなかった。


 それから十年が経った。○○は島を訪れると必ず立ち寄る場所がある。大半の人間にとってのただの波止場で、観光名所ではないが、そこへ行くとメル・アイヴィーの最期の祈りと肉声が今でも鮮明に蘇る。

 マークから対象者に肩入れしすぎるな、と再三注意を受けた。純な人間を演じる犯人なんてゴロゴロいる、奴らは身を守るためなら何にでも化けると彼は言う。


 やがて、シルヴィアはこの任務を一時的に解かれ、行方不明だったマフィアのボスがサンフランシスコに舞い戻った情報を受け、潜入捜査の手伝い(特殊メイクを仲間に施す)に回される。そこにはFBIの仲間を亡き者にした二人目の異能の女、テューダもいるらしい。シルヴィアの手に潜入捜査官の仲間の命がかかっている。



(第一幕へ)

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