015●第3章●特車隊と“東亰ピューテック”…1964年6月16日(火)昼さがり①:バスの中

015●第3章●特車隊と“東亰ピューテック”…1964年6月16日(火)昼さがり①:バスの中





●第3章●特車隊と“東亰ピューテック”…1964年6月16日(火)昼さがり



 スクールバスに乗った。というより、じつは何者かの透明な腕に手首足首をつかまれて、玩具のロボットのように、ぎくしゃくと歩かされたというのが正しい。

 奇妙なスクールバスだった。

 車体は普通の観光バスよりも明らかに長い。パワフルなエンジンを収めたボンネットに続く運転席は左ハンドル、その背後の左右両側に乗降ドアがある。

 座席は左右二列ずつで、白ベレーと白セーラー服の少女たちで埋まっていた。車体の最後尾には幅広のドアがついていて、非常口と負傷者の搬入口を兼ねているようだ。そこは左右向かい合わせで四人掛けのベンチシートになっていて、怪我をして肩や手足に包帯を巻いた少女が数人、腰かけていた。シートは負傷者のベッドにも使えるが、幸い、横になるほど重傷の娘はいないようだ。

 こよみに続いて久が乗ると、車内は小鳥のさえずりのようなさざめきで満たされた。小声の会話。

「どうしたの」

「誰なの、知ってる?」

「普通人? 魔法使い?」

 といったささやきがぱっと広がる。

 そこで、前から三列目に座っていた金髪少女くるみが、隣の少女にこそこそと耳打ち。

「えっ、そう?」

「あら」

「そうなの」

 という具合に、今度はトーンの異なる耳打ちのささやきが波紋のように広がって戻ると、全員の情報共有が完了した。

「や、みんな、すまんねえ、一人、お客を連れて、基地まで便乗させてもらうよ」

 と、怪獣ドシラが喋ったとたん、近くの少女が次々と、シートにかけた久に話しかけてきた。

「大丈夫? ケガしてない?」

「騒ぎに巻き込まれたのね、大変だったでしょ」

「お水どう?」

「冷たいおしぼり、使う?」

 ……そんな感じで、なんだかとてもフレンドリーだ。

 ポンと久の肩を叩いて「肩揉んでやろうか」と笑いかけたのは、はてるかだ。

 久は面食らって恐縮して「ありがとう、すみません、でも」と答えたところで……

 怪獣ドシラがナマズ口に指を添えて「しっ」と少女たちを沈黙させた。

 そこで、はてるかの肩マッサージも、くるみがクーラーボックスから出した水筒の水も冷たいおしぼりもお預けになってしまった。

 怪獣は久に告げる。

「スパイ少年君、逃げようと思うなよ。きみの両手両足には、こよみくんが魔法で制動をかけている。女の子だと甘くみるんじゃないぜ。彼女の念動力は、コンクリを詰めたドラム缶なんか、空手チョップ一発でぺちゃんこに潰せるんだ。死にたくなければ……」

 そこで、こよみが割って入った。

「あの、マンさん、その例えはやめてください。まるでプロレスの悪役さんみたい。もう少し、その、おしとやかに……ね」

「すまんすまん、じゃ、なんて言おう?」と、怪獣は素直に頭をかいて謝る。

 こよみは気恥ずかしげに、訂正した。

「お林檎を空中に浮かせて、触らずに種と芯を抜いて皮を剥き、十分の一秒で、全部、すり林檎にできます」

 林檎に“お”をつけるのは上品だが、それを見えない念動力の片手で、くちゃっと握り潰す美少女を想像して、久はぞっとした。これも相当怖い。

 でも、そんな念動力が自分の身体に働いているのも事実だ。

 たしかに、両手両足は間違いなく、目に見えない力場フォースによって、床面とひじ掛けにくっついて離れない。

 身動きが取れないのだ。さきほど、こよみたちが闘いながら“制動”をかけて、動きを一時的に封じられた骨格恐竜と同じ扱いということか、やれやれ……。

 ドシラが着ぐるみのまま、よっこらしょと、久と同じ最前列の、通路を隔てたシート二席分を占領すると、窓外の公園を見て、バスの運転手に話しかけた。

赤倉レッドさん、なんだか修学旅行のお子さんが多いですね。六月も半ばというのに、季節はずれだ」

「東亰ピューテックですよ」ドライバー、というよりも、グレーの“つなぎ服”に作業帽で、工場のエンジニアといった風体の男が、低い声で、もそもそと答えた。「ピューテックの開会式が十月十日でさ、秋は旅館もホテルもピューテック見物のお客さんで予約が満杯なので、地方の学校は、秋の修学旅行を春に持ってくるんですな。先月からこっち、都内の名所旧跡は大入り満員の大混雑でしてね。……お子たちに気を付けて安全運転で行きます」

「頼みます」とドシラ。

 バスがエンジンをかけ、重々しい振動が床に伝わる。

 そこに、こよみが申告した。

「桜組二十一名、菊組二十一名、神女挺心隊しんじょていしんたい、四十二名全員乗車しました」

「了解」と受けたドシラは、運転席のドライバーに、「赤倉レッドさん、発車オーライです。学園より先に、まずは“三角ベース”に立ち寄ってください」

「あいよ、発車します」

 レッドと呼ばれる運転手はフラフープ並みに巨大なステアリングを握り、ボンネット周りに林立するサイドミラーで慎重に車体の四囲と下方を確認すると、発車させた。

 前方へ動くのと同時に、ゆら、と車体全体が右へスライドするのを感じる。六輪駆動というだけでなく、車軸ごとにタイヤを方向転換できるのだ、特殊な改造を施しているのだろう。かなり大型の車体だが、小回りが効いている。床下に対地雷防御の軽装甲まで張ってあるとは知らなかったが……

 白いベレー帽の少女は全部で四十二人。そういえばこのたちのチームの名前、“神女挺心隊”なんて、どんな意味なのだろう。……僕なら、アルファベット三文字にフォーティツーとつけて呼ぶけどな……と考えつつ、久は首を回す。首は念動力の“制動”を掛けられておらず、自由だ。

 後方を見る。とたんに、どぎまぎして、あわてて顔を前方に戻した。

 こよみ以外の、全員が久を見ていた。

 ベレー帽の縁からこぼれる髪を耳の下でカールさせ、あるいは尾提おさげにしている、その色はたいていが黒だが、中には赤や茶色も混じり、縮れ毛で肌の浅黒い娘もいる。眼鏡少女も何人かいて、衛生係メディックの娘と同じ黒サングラスの着用者も二人ばかり見えた。

 インターナショナル・スクールなのか、個性さまざまな雰囲気の子も交じっているが、全体の印象は、お嬢様学校の一クラスだ。

 久の頼りない審美眼からすれば、全員もれなく国民的美少女とは断言できないまでも、著名なアイドルグループと比べても遜色のない魅力が漂っていた。

 作られた美しさではない。

 邪気の無さとか、心の穢れのなさ。どことなく天使のような。

 だれもが素朴な好奇心と親しげな眼差しで、優しく久を見守っている。

 例外はただ一人、厳格な風紀委員の冷たい視線を寄越している、こよみという“桜組級長”だけだ。

 たった今まで、久は、なぜ、こんなめに遭わなくてはいけないのかと、心の奥で腹を立てていた。

 最大の原因は、こよみにまんまと罠にはめられ、怪獣に拳銃で脅迫され、有無を言わさず、どこかへ連れていかれること。

 しかし心の片隅では、小さな幸運が天秤にかかっている。

 くるみという金髪美少女と同じ車に乗り合わせていることだ。

 それに、これだけ多くの女の子と一緒では、拉致されるという実感が湧かない。自分がアイドルおたくだったら、天にも昇る幸せな誘拐だろう。

 久は、じたばたしないことに決めた。

 こうなったら、この不思議な団体さんの正体を確かめてやろう。

 ドシラに訊く。気になることを、断定する形で鎌をかけてみた。

「さっきのは、怪獣映画のロケじゃないんでしょう。ロケは嘘っぱちなんだ。魔物の恐竜みたいなやつと、みんなで戦ったのが真実で、ロケに見せかけたのは、きっとカモフラージュだったってことでしょう?」

 だから、こよみのびんたは空を切りながら、はてるかの頬にダメージを与えたのだ。あれは、ただのびんたじゃない。腕を振ると同時に見えない力……魔法の念動力が働いていたのでは?

 はてるかが頬を打たれて倒れたのは、演技じゃない。物理力で撃ったのだ。“念力びんた”とでもいうのか。

 そういった事実が見物人に悟られないように、みんなで映画のロケを装っている……という仮説を、何とかして確かめたくなった。

「そうだよ」何をいまさら、といった調子で、ドシラは言う。「だから、スパイのきみを、こうして連行するんだ。ああ、言い忘れていたが、俺の拳銃は本物の南部十四年式だ。口径は八ミリ。便利なことに百式機関短銃モモキと同じさ。だから同じ八ミリ重光子弾を込めてある、祓魔弾エクソスタイプだ。君が人間ならば、きついお灸をすえた程度のヤケドで済む。だが、君が魔物だったら……」そこで、低音で凄みを効かせて「どてっ腹にでっかい風穴が開くって寸法だ。逆らえば撃つ」

 久が黙っていると、怪獣の方からぼそっと問いかけてきた。

「ちなみにきみには、あの魔物の恐竜とやらが見えていたのかい?」

「見えてましたよ。当然でしょう」と、思わず反射的に答えて、久は問い返した。「それじゃ、普通の人たちには、あの怪物は見えていないというんですか?」

 知りたかった。この人たちの言う“魔物”とは何か、そして“魔法”なんてものが実在するのか。

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