011●第2章●少女と怪獣と女神様…1964年6月16日(火)昼③:地獄門の魔法伯爵

011●第2章●少女と怪獣と女神様…1964年6月16日(火)昼③:地獄門の魔法伯爵





「砲撃やめ、ご苦労、一件落着」

 ヒル先生の満足げな声を“特車隊”とやらへ送信したハンディトーキーは、手品のように姿を消した。

 こよみに向かって、美魔女は危険が去ったことを告げて、言い添えた。

「……とはいえ、あたしたち特車隊の八八ミリ魔弾はしょせん祓魔弾エクソスだよ。あンたたちしか使えない鎮魂弾レクイエムと違って、霊界物質エクトプラズムの魔物を“あの世”へ完全排除することはできない。今の“甲魔”のやつ、いずれ再生するかもしれないが、でもまあ、これだけ細かく砕いてやれば、二、三年は砂ぼこり並みで風任せの状態だろうさね」

 聞いていると、魔物を退治する弾丸には、二つの種類があるようだ。そう考えたとたん、久の脳に解説の字幕が流れた。

『そう、光の弾には二つの種類があるのよ。ひとつは“祓魔弾ふつまだん…エクソス…”、魔物のボディを構成する霊界物質エクトプラズムを砂粒サイズまで細かく砕くことができるけど、この世から完全消滅させることはできないわ。いずれ、砕かれた物質が結びついて、魔物が復活する恐れがあるの……』。

 ヒル先生の“特車隊”の砲弾と、百式機関短銃モモキの機関銃弾は祓魔弾エクソスに分類されるということだ。

『もうひとつは“鎮魂弾ちんこんだん…レクイエム…”、こちらは魔物を、その出身地である“あの世”の魔界へ完全排除する斥力せきりょくを発揮するのよ。九七式自動砲クンナジの二十ミリ光弾こうだん六〇式自走無反動砲マメタンが発射した大型の黒いロケット光弾の弾頭がそうなの。そして、この鎮魂弾レクイエムという弾種を扱えるのは、あの女の子たち、神女挺心隊しんじょていしんたいに限られるの。あのたちは特別なのよ……』

 さらに続いた解説によると、こよみやヒル先生の言葉にあった“甲魔”というのは魔物の威力別等級ということだ。台風や竜巻といった自然災害並みに大きな破壊力を持つものは“甲種魔物”……すなわち“甲魔”に類別する。殺人や放火、重度の暴行傷害など、凶悪犯罪レベルの殺傷力を有するものは“乙魔”となる。

 それ以下の、人類に与える害が軽傷以下にとどまるものは“丙魔”、ほぼ人畜無害の下級妖怪などは“丁魔”とされる。

 なお、原水爆クラスの破壊力を発揮できる超強力な魔物は“超甲魔”となる。

 ……ということは、少女たち、神女挺心隊は、“祓魔弾エクソス”と“鎮魂弾レクイエム”という二種類の光弾を放つことで、姿かたちも強さも異なる、さまざまな等級の魔物と闘うのが仕事であるということらしい。

 ともあれここで、“甲魔”級の手強い骨格恐竜を二体も撃破することができたわけだ。

「ありがとうございます、ヒル先生。危ないところでした」こよみは安堵して一礼すると、額の汗をぬぐう。「でも、なぜ、あの恐竜みたいな魔物が」

「詳細は隊司令たいしれいと秘書さんが統聖庁とうせいちょうに確認中だが、今わかっている範囲では」と前置きして、ヒル先生は骨格恐竜が出現した経緯を説明した。「さっき、小さな地震があっただろ。震源地は新潟方面で、あちらでは大変なことになっているらしい。それが原因で本州の地脈がトチ狂って、こっちの科学博物館に展示していたアロサウルスの骨格標本に霊的特異点スピリチュアル・シンギュラリティを与えてしまった。そこで恐竜の霊魂が霊界物質エクトプラズムを吸収することで活性化、急速に質量を獲得して、暴れ出したのサ。二体現れたのは、原材料となった化石標本の骨が複数の個体の寄せ集めだったから。しかし、せいぜい標本なんだから本来は乙魔級のはずなンだが、甲魔級に巨大化した理由は、まだ不明だねエ」

「そうですか……」

 ヒル先生の説明に納得したのか、こよみは曖昧にうなずく。勝利したことよりも、予期せぬ敵に突然襲われ、混乱して不利な戦いを強いられ、仲間に少なからぬ負傷者を出したことを思い返して、苦々しい気分にとらわれている。級長の責任感だ。

 ヒル先生と呼ばれる魔女は、こよみの心中を察して地面すれすれに降りると、手を差し伸べて、白いベレー帽ごと、こよみの頭を抱きかかえて力強くごしごしとなでた。

「よしよし《グートグート》、よくやったね。負傷者は出たが、たいした怪我じゃないよ。落ち着きなさい」と微笑むと、「女神様も、無事でよかった」

 豊かな胸の谷間から、そっと顔を離して答える、こよみ。

「ええ、ご無事です! 美術館の建物に避難されています。あとは早く、“地獄門”へ……」

 こよみが指差すのは、扉を開いたロダン作の“地獄門”だ。

 こよみは初めて、明るい笑顔を見せた。

 その笑顔に、ふと久は見とれてしまった。心の重圧から救われた、こよみのほっとした表情がこんなに爽やかだなんて。

 ここまで横で話を聞いたことで、久にも事件の顛末が想像できた。

 新潟に大地震発生、それが遠因で、博物館のアロサウルス標本に何らかの霊的な作用が発生し、骨格恐竜…“甲魔”というランクに入る、強いやつ…が出現し、こよみたちに襲い掛かった。こよみたち神女挺心隊が戦っていたのは、近くにいて、美術館の中に難を避けた“女神様”を守るためだったのだ。

 そこへ救援に駆け付けたのが、地獄門から顔を出した戦車と、魔女のヒル先生。

「おお、そうだ、あっちで門を塞いでいる、正義の騎士ホワイトナイト気取りの爺さんに挨拶せねばな」

 こよみに親指を立ててサムアップ・サインを送ると、魔女先生は箒に乗ったまま“地獄門”から砲口を突き出している戦車の前へ飛ぶと、虎の敏捷さでふわりと着地する。

 両足が地面に着くと、長大な箒はヒュッと爪楊枝サイズに縮小し、黒ジャージのポケットに消えた。箒にまたがるのでなく、横座りで搭乗する方が、離着陸を少ない動作で行なえるようだ。

「ヨハネス叔父様!」と美貌の魔女は戦車上の人物を呼ぶ。「やっぱりヨハネス叔父様なのね!」

「よおヒルデガルト、ご無沙汰じゃな。変わりないか。まあ、年季の入ったオールド魔女が十年やそこらで変わるはずもあるまいて。でもって、その色気抜きの恰好を見るに、いまだに独身なんだな。十年一日か光陰矢の如し。まあ仕方無いワなァ。どうだ、顎下あごしたの小皺でも増えたか? 見合い話も絶えて久しく……」と、陽気な老人の無忖度むそんたくな声が、木魂を伴って返ってくる。

 ヒルデガルト、という本名で呼ばれた美貌の魔女は、あわててセリフの進行を止める。

「あー、たんまたんま、お口にチャーック! いつも一言二言、多すぎるのも一向にお変わりありませんね、叔父様。あたしゃ好きで独身してるんじゃァあ~りませんワ、放っといて下さいナ。人目もはばからずにいちいち余計な説教するから、いい男は寄ってこないし、叔父様は大日本帝国よりも先に戦争に敗けたりするンです」

「それはさておき」と、一昔前のドイツ第三帝国の敗戦の責任を蒸し返される前に、元ドイツ将官らしき老人ははぐらかし、「義侠心で助太刀したんだぞ。礼ぐらい言うがよかろう」

「ありがとう、おかげで助かりましたわ!」

 立場上、お嬢様然として素直に感謝を述べるヒルデガルトに、老人はホッホッとサンタ笑いを返すと、「なんのなんの朝飯前さ。わが腕前を見たか。見事に一撃必中だろ。ま、射程百メートルばかりの零距離射撃なんだから、それを外すヘッタクソの気が知れんが」

 さっき、はてるかという元気少女の六〇式自走無反動砲、通称マメタンが大外れを出したことに対するあてこすりだ。ちっ、と、ふてくされ顔に戻って、ヒルデガルトは問う。

「でも、どういう経緯いきさつで……」

「さきほどデルフォイ神託会の巫女シビュラダフネのおばはんから、わが山荘ヒュッテに緊急の国際電話が入ったのだ。女神様がニッポンからお帰りになるので、時間通りにトーキョーの“地獄門”にデルフォイの“地獄門”を接続したところ、門の向こうでは恐竜もどきの怪獣相手にドンパチやらかして大騒ぎだとね。で、電話を通じて……“だからヨハネス元将軍、貴公は趣味と道楽の魔法戦車を何台も持って遊んでるとのよし、ここは一肌脱いで、なんとか善処してやってくんなまし……とか頼まれてな。そこで急遽、地獄門交通公社ヘルズゲート・トラフィック・ビューローに電話して、そちらトーキョーの“地獄門”を、わがアルデンヌの虎山荘ティーゲルスヒュッテの玄関前の“地獄門”へ“接続替え”してもらったのだ。今朝はこの戦車で魔弾フライクーゲルの試射をしようと早起きしておったので、タイミングよく魔物退治に加勢いたした次第である。ふあお……朝一番に善いことをすると、実に気分がよいのう」

 言葉の主…ヨハネス叔父様…は、戦車の砲塔ハッチから上半身を出し、あくびもしているようだが、地獄門の向こうは薄暗く、もやがかかっていて姿はよく見えない。

 しかし言葉ははっきりと聞こえた。ドイツ語だ。

 そこで久は、えっ? と驚いた。耳に聞こえるのは明らかにドイツ語らしき外国語なのに、頭の中では日本語として理解できる。外国映画を観ながら、同じ画面に日本語字幕が流れている感覚だ。

『そうよね。あなたが頭の中で聴いているのは、魔法界で、学術的には“前バベル語……プレ・バベリッシュ”と称し、世俗的には“妖精語フェアリッシュ”と呼ばれる“第六感覚野だいろくかんかくや言語”なの。精神感応のテレパシーとは違って、超音波を使った物理的な伝達手段なのよ』

 誰なんだろう……、誰かが僕の頭の中に直接に語り掛けて、基礎的なことを教えてくれている……と、変な気分だが、とにかく久は耳をそばだてる。

 ヒル先生は訊く。

「ということは、そちらはギリシャのデルフォイではなくて、ルクセンブルク大公国はアルデンヌの森の、叔父様の別荘、“虎山荘ティーゲルスヒュッテ”なのですね」

「まことに」

 ルクセンブルク大公国はドイツの西隣にあたる、面積が東京都より一割ほど大きい程度の、こぢんまりした風光明媚な国だ。門のあちら側が薄暗いのは、時差のせいであると思われる。

「にしても……」ヒル先生は、ゴキブリでも見るかのように、顔をしかめる。「その戦車パンツァーは何ですの。あろうことか、大量生産しか能のないアメ公のスチャラカ戦車タンクにわれらがドイツ帝国の聖なる黒十字バルケンクロイツを描いて……アフリカ戦線、東部戦線、西部戦線で名を馳せた、伝統と格式を誇る魔法伯爵ツァオバーグラーフ、ヨハネス・フォン・パイパー元将軍ご自慢の“自家用タイガー戦車団”はどうなさったの」

「悲しいかな、大戦生き残りのわが愛車たちは、みんなロートルのポンコツになり果てた。あれからもう二十年近くになるんじゃぞ。修復レストアに莫大な金がかかる。そこへ渡りに船で映画の出演依頼じゃよ。ハリウッドの大資本が、このM47パットンを大量にかき集め、大戦中のタイガー戦車のふりをさせて超大作戦争娯楽映画を撮るってんで、つきましては戦車戦のご指南を……という頼みでな。そこでNATOの知り合いから一輌借りてきて、魔弾を装填してみたのだ。それにアメ車といえど、そんなに毛嫌いするでない。乗り心地は悪くないぞ。こいつは戦車界のキャデラックってところじゃな」

「ふん、金目当てでハリウッドに身売りですか、貧乏魔法貴族の哀れな末路とか」と姪っ娘は手厳しいが、ヨハネス叔父は、ふっふっふと含み笑いで迎え撃つ。

「それでもギャラはナイスだぞ。現ナマのドルでくれるしな。百ドル札で、これくらい」

 札束の厚みを指で示されたらしく、ヒルデガルトがお口あんぐりで絶句するのがわかった。

 ヨハネスは畳みかけるように、「経済をガメつくやっとらんと戦争には勝てんと、お前さんも言ってたじゃないか。それに何より、戦争映画は楽しいぞ。本物のいくさでないから、運動会と同じだ。大衆の娯楽だよ。良心の呵責なく大砲が撃てる。人殺しも憎しみも抜きで好きなだけ砲撃戦やってスカッとして資本主義に貢献できるのだから、一度やったらやめられんわい」

 どうもこの、ヨハネス叔父様とヒルデガルトは、ドイツに古くから伝わる大砲&戦車専門の軍事一族の家系らしい。しかも、魔法使いの血統を称する。ヨハネス叔父様は第二次大戦ではドイツ戦車団を指揮した将軍であり、戦後はルクセンブルク大公国の自分の別荘に隠遁し、本物のタイガー戦車を何輌かコレクションして遊んでいる……ということか。

 ……といっても、久には信じがたい。箒に乗って現れたヒル先生というドイツ魔女に、戦車マニアの魔法伯爵なんて、コスプレヲタクがお互いに設定を合わせて与太話をしているようなもので、ちょっと薄気味悪い冗談にしか思えない。とはいえ、こよみたち白い少女たちの戦いも、骨格恐竜も、六〇式自走無反動砲マメタンも、見た目は冗談みたいで、じつはとてつもなく本物っぽいのだ。

 加えてロダンの“地獄門”は、上野公園のここだけでなく世界各地に複製品があるらしく、それらが著名なアニメの“何処で門エニイウェア・ゲート”よろしく異世界通路でつながっていて、互いに行き来できるという“事実”はどう考えればいいのだろう?

 自分の理解力を遥かに超えた事態を、久はただボーッと眺めるしかない。

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