4話 妹

 コンコン。

 ノックに応える間もなく、汗だくになった美祈が病室に入ってきた。

「あ」

「おはよう、お兄ちゃん。永蘭堂のプリン買ってきたよ」

 美祈は「暑い」と言いながら紙袋をサイドテーブルに置いた。

 久しぶりに見る妹はどこか物憂げだった。目線が下がり、口は堅く結ばれている。

「美祈」

「何?」

「今日の気温、30度もあるんだってね」

「昨日もね」

「ま、座ったら」

 美祈は壁に立てかけてあったパイプ椅子を広げた。

 文弥は読みかけの漫画を膝の上に置いて、伸びをした。

 兄妹二人が揃うのは珍しいことではない。美祈は多忙な親の代わりに、週に一度土曜日か日曜日に差し入れを持ってくる。

 文弥は実家から電車で二時間かかる病院に入院している。

 往復で四時間もかかる道を毎週厭いもせず美祈は通ってくれる。

 中学生ならもっと遊びたい盛りだろうに。

 天使の様だ。

「ねえ、お兄ちゃん」

「ああ。プリン、ありがとう」

「どういたしまして。でもそうじゃなくて、さっき何か話そうとしてたでしょ」

 そしてこの子は敏かった。

「疲れたような顔をしていたから、何か嫌な事でもあったのかなって」

 美祈が一瞬目を伏せたように見えた。

「嫌な事なんて毎日あるでしょ」

 そう言って、笑顔でサイドテーブルの紙袋からプリンを取り出した。

 あの言い方にはどこか引っかかるが、何がおかしいのかがはっきりと掴めない。

 せっかくお見舞いに来ている彼女の前で考えても仕方のないことだろう。

 スプーンを握る力がなく、美祈がプリンを食べさせてくれた。

 ――プリン、うまい。

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蒼の日傘 噫 透涙 @eru_seika

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