第6話 おわり
見慣れた天井だった。自分の家の布団の中、上半身を起こして外を見る。窓の外は赤く、夕暮れ時であることが分かる。今朝から何をしていた? 今朝は朝から嫌いな貴族の館に行った。何のために? 龍騎は立ち上がろうとした体を縮めた。思い出した。立てた膝を片手で抱え、大きくため息をつく。
朝からと言うよりも昨夜から動いていたのはとある一人の人のため。敬愛する全騎士団大隊長。今は、パン屋の店員である一人の女性を貴族の手から取り返すため。
取り返すことには成功した。失敗はない。想定外なことはあったが彼女は大きな怪我もなく貴族の屋敷を出た。問題はその後だ。龍騎は昨日雨に濡れた体を乾かすことも温めることもなく夜まで仕事をして、続きで拐われた彼女を探した。
貴族の屋敷から出た時、龍騎の体は熱に侵されて一人で立つこともままならない程だった。パン屋の主人に助けを求め手を伸ばしたが、その手を掴んだのは思いの外小さく、力強い手に引き寄せられた。
自分より小さな体に倒れ込んだ後の記憶はない。もしあのまま意識を失ったのであれば、そんな情けないことはない。
「あら、起きたの」
さも当たり前のように遥が寝室に入ってきて、寝床の隣に腰を下ろす。目の前に迫った彼女の背中を見ていて違和感に気づく。
彼女が普段持っているものが近くに見当たらない。
「杖は?」
「ん? ああ、戦う時に軸足に出来ないだけで普段は問題ないわ。店では、油断してたわ。こっちを軸足にしちゃってね」
ぱたっ、と頭上から何かが落ちてくる。冷たいそれはまだ少し熱を持つ龍騎には心地よい。
「料理は嫌いなの。食べ物は自分で用意して」
「……、助かりました」
情けないやら嬉しいやら、龍騎は遥の背中へ笑いかけた。
「必要なかったし、すごく情けない姿を見たけれど」
くるっと勢い良く振り返り、遥は笑った。
「助けに来てくれて嬉しかったわ、ありがとう」
過去も、今も。
屈託なく笑う彼女なんて見たことがない。
情けないと言われているのになぜだか妙に照れくさくなった龍騎は緩みそうになる表情を抑え、無表情を装う。
きゅるる、とその場に似つかわしくない間の抜けた音が聞こえる。聞こえたのは目の前から。
彼女は恥ずかしがるでもなく、朝から飲み物だけで過ごすのは流石につらいわ、と笑った。
「適当に作りましょう。少しかかりますが、待っていてくださいますか」
「私は肉が好きよ」
間髪入れずに放たれた言葉に立って応える。
「知っていますよ」
藤の花(IF パン屋) つきしろ @ryuharu0303
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