未定

なぎさ

プロローグ

大学2年の春。

鳴り続ける目覚ましを止めて、携帯に手を伸ばす。

目覚めが悪い僕は、表示されている時刻を見て驚愕し飛び起きた。

最低限の荷物をボディバッグにまとめて、顔を洗って歯を磨いて家を飛び出す。寝癖なんてヘルメットで潰れて直ると自分に言い聞かせながら。

マンションの階段を駆け下りながらヘルメットを被って、バイクにまたがって急発進してみるが、やはり間に合いそうもない。

しょうがなく、狭くてリスクはあるが近道をするかと大通りから川沿いの道に入りアクセルを回す。

川沿いに咲く桜は蕾を開かせ、川面は散り始めた桜の花びらで文字通り桜色に染っていた。

なんて綺麗なんだろうと川面を見つめても時計の針は巻き戻らない。さらにアクセルを回し、前を向いて集中する。

しばらくすると川沿いに小さな灯りが見えた。駅から少し歩くような商店街の中にある、小さなバーだ。

「ごめんなさい、また遅れてしまって。」

息を切らしながら店主の篠山さんに謝ると、いつも通り低く落ち着いた声で、いいんだよ、と言いながらカクテルを作っている。

振り終わったカクテルが常連客である仕事終わりのサラリーマンの前に置かれる。

「僕みたいな常連ばかりだからいいんだよ、早く着替えておいで。」

ありがとうございます、と一礼しバックヤードに駆け込み、いつも通りシャツにベスト、スラックスを履いて靴を履き替える。ペットボトルを傾けて飲み物を体に流し込んで、気合を入れる。

カウンターに出ると常連のお客さんは、もう次のカクテルを頼んでいた。僕が振りますよ、と篠山さんと代わる。

「やっぱり仕事のやえちゃんはきれいでかっこいいね、女の子みたいに動作は綺麗なのに男の子なんだもんなあ」

そうなんですよとシェイカーを振り、カクテルを出す。

僕こと佐藤弥恵(さとうやえ)は、この朝方までやっているバーで働いている。

名前でわかってもらえると思うが女だ。

このバーでは訳あって篠山さんに男として働けるようにしてもらっている。

これはそんな僕の辛く悲しい青春のお話。

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未定 なぎさ @herumettoneko

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