そのさん

そのさん

杉ちゃんの提供したヤブガラシの汁は大評判となり、女性信徒たちがこっそり汁を作るようになった。より、彼女たちは意欲的になって、より労働に励むようになり、建物まわりのヤブガラシを駆除するという名目にしておけば、いくらでもヤブガラシは、供給できた。

「久々にカリカリした草が食べられて、なんだか嬉しいわねえ。」

といいながら、味わいながら食べる彼女たち。この教団では、喋りながら食べるのは禁止されていたが、それを破ってみると、なんだかほっとするような気がした。

教団の起床時刻によると、朝の六時には必ず起きなければならなかった。そして、すぐに白装束になり、食事とは言えない食事をして、午前中の作業をする。女性は基本的に、布を織るとか、服を作ったりする等の作業があてがわれるが、若くて体力のあるものは、男性と一緒に農作業をするものもいた。逆に男性は農作業をするか、あるいは集団で住宅の建築などに駆り出されることが多かった。

正午に、また食事をして、次は午後の作業をする。この午後の作業をし終わると、あとは、夕食を食べて野放しにされる。この時間に何か書き物したり、絵を描いたりする者もいる。あるいは、疲れすぎて、すぐに入浴して寝てしまう者もいる。入浴は、ドラム缶に入った水を被るだけという、ずいぶん不潔なものであった。

信徒には、杉三のような、歩けなかったりするものも多くいた。そのようなものは、男性であっても縫い子をするなどの作業があてがわれたが、歩ける人に比べると、長時間労働を強いられるという、かなり差別的に扱われた。

信徒たちの白装束は、全て上官にいただいたものだが、全て自分で修理しなければならないので、なかには、ボロボロのものをきている信徒も存在した。そうなると、なんだかみずぼらしいという人も少なくなかったが、でも最近、信徒たちは、そうでもなくなってきたようだ。

よくわからないけど、きれいに直した白装束の信徒が増えている。なぜか?それは、杉三が、上手になおしていたからだ。縫い子として働いている信徒よりも、杉三は、裁縫が上手だった。

ある女性信徒が、杉三に白装束を直してもらっていた。

彼女は体が大きいので、農作業に駆り出されていた。

「うーん、ここまで破れちゃっていると、作業ではまた破れてしまうぞ。これ、もう着るのには難しいのでないかな?」

信徒たちの白装束は、基本的に筒袖をした着物のような形をしていた。男性女性の区別もなかったが、女性用では、動きやすいよう、おは処理をして着るようにはなっていた。

「よし、これではもう、おは処理のところは切って、二部式にしちまえ。それで誤魔化せば、なんとかなる。」

と、杉三は、汚れた部分を切り、それを細い布に縫い押し、下半身のすそよけのような形になった部分にくっつけた。

「ちょっと、着てみてくれるか?」

「こうすればよいのね。」

女性信徒は、すそよけのような布を、巻きスカートのように巻き付けた。幸い、信徒たちは、半幅帯くらいの真っ白い帯も配給されていた。

「そうだよ。それで上着を着て帯をつけてみな。」

女性信徒は、その通りにする。

「よし、そして、帯からでているしたの部分を、おは処理のように折り曲げて中にいれろ。そうすればごまかせるよ。」

その通りにすると、確かに、表向きは普通に白装束を着ているのと同じようになった。これであればよほど厳しい上巻でないかぎり、わからないだろう。

「杉ちゃんありがとうね!ほんとに、助かったわ。もう、装束が着れなかったらどうしようかと思った。

と、彼女は言った。

「よかったねえ、まあ、こんなところは朝飯前よ。もうさ、適材適所だと思って、なおすのは、直せるやつにやってもらえれば、それでいいんじゃない?」

杉三がそういうと、彼女は、それはいけない、という顔をした。やっぱり、やってもらうに、罪悪感があるのだろうか?

「僕は誰かにしてもらうというのは、悪いことじゃないとおもうよ、それよりも、自分のできることを伸ばして、それを誰かにしてやることじゃないのかなあ?」

「違うわよ、杉ちゃん。それは間違い。私たちは、役に立たないものをできることだと勘違いしたから、家庭を崩壊させてしまったの。だから、もうそんなことはしない。安定した、正しい生き方を選ぶわ。」

また、彼女は否定した。

「ふうん。正しい生き方をするとは?」

「他人のためにいきることよ。」

「具体的にいったら?」

「医療とか介護とか福祉とか?」

「ああ、そんなのはな。金儲けのためにやらされている、と考えるやつらばかりで、僕らから見ればいい迷惑。それを偉いと考えるやつらもバカとしか言いようがないよ。そんなのは、できるやつがやればよい。大体な、自立しろしろといっときながら、困っているやつを助けろなんて、無理な話だぜ。全く正反対なことをいっているよな、教育者ってのはよ。」

彼女の話に杉三は、カラカラと笑った。

「そうなの?そんなもんなの?」

「感謝なんかするもんかよ。変なやつらばかりで、困っちゃう。だって、自分が偉くなりたいのが見え見えだからさ。あーあ全く。困っちゃうなあ。」

「と、つまりどういうこと?」

「だからあ、本気で客のためを思っている人でなければ、足の悪い僕らには迷惑でしかないんだよ!」

ちょっと気を強くして杉三はいった。彼女は、一瞬ポカンとしてしまったが、やがて静かに泣きはじめた。

「なかなくてもいいんだよ。精神がどうのとか、そういうことは、後で考えればいいんだよ。ほんとにさ、わざわざやりたくもないのに、医療関係をしたって、しょうがないんだから、お前さんの本当にしたいことをすれば、それでいいのさ。」

「でも私は時間がない!親だって期限つきなことを知らないで、ひたすらに文筆業に励み続けて、私は悪いことをしている!」

「悪いことじゃないよ。やらずにはいられないってことは、それだけやってみたいという才能があるんだろ。そっちにめを向けろよ!」

すると、この女性のどこかが狂ってしまったらしい。いきなりぜんまいが壊れた機械のように、金切り声でこう叫びはじめた。

「私は時間がない!私は悪人、私は親殺し、私は殺人者、私は浮浪者、私は発狂者!」

まあ、まさしくそうなってしまうのなら、発狂なのかもしれないが、これを毎日毎日のように、復唱させられているということはすぐにわかった。杉三が何も言えずにその場を見つめていると、教官が飛び込んできて、彼女の両手に手錠をつけて目隠しをし、病院のある方へ引きずるようにつれていってしまった。

「はあ、成る程。なんだか、ルールに違反すると、おかしくなっちゃうのかあ、、、。」

杉三は大きくため息をついた。

一方の水穂は。

「この頃よく、熱を出しますね。」

と、言われるほど熱をだしていた。最初にやってきた、女性信徒が、彼の世話をして、医療関係はあの男性がすることになっているようだが、二人ともこうなるのは予測していなかった。

「いく先生、一体この人どうするんでしょうね。こんなに頻繁に咳き込んで熱をだしているのは、なにか理由があるからでしょうか。」

本当は、吐瀉物などを病理医に見せて、原因を調べでもらうのが一番手っ取り早いのだが、この病院は、そのようなことは、行われていなかった。

「うーん、しっかり抗菌薬は飲んでもらっているはずなんだが。」

しかし、効果なしであった。それはそうだろう。外部の細菌による疾患ではないからである。

「バンコマイシンか何か使ってみるか?」

そんな強い薬を投与されるときき、水穂はぎょっとした。日本では、よほどのことがない限りつかわない薬である。

「そんな危ない薬、平気で使うんですか?」

恐る恐るそういうと、いく先生ははい、まさしくという顔をした。

「そうですよ。そうでなければ、助からないでしょ。あなたみたいな人はね。それで、あなたを何とかしてやろうと、しているのではありませんか。」

まあ確かに強い薬は強いのだが、その分、副作用というものもあった。水穂はそれを恐れて、ぎょっとした。

「さあどうぞ。これを飲んでみてくれますかね。バンコマイシンの水溶液ですよ。」

いく先生は、ビーカーにはいった水溶液をさしだした。

「ほらどうぞ。」

隣にいた女性にそう言われても、受けとることができない。

「ちょっとカッツさん、彼を起こしてやってくれませんかね、ちょっと座らせてやってください。」

いく先生に言われて、彼女は、水穂の体を無理やり抱え起こした。

「じゃあどうぞ。」

カッツに体を押さえつけられて、抵抗することはできず、仕方なく、ビーカーの中身を飲み干した。すると、また急に眠くなって、ベッドに倒れこんでしまった。

「これでよくなったら、遠藤千沙大将に感謝してくださいよ。あなたをもともと、保護しようとしてくれたのは、大将なんですから。」

いく先生がいかにも優しく語りかけるが、水穂はなにもわからず、眠り続けるのであった。

その翌日も、同じ水溶液が与えられたが、水穂は少しもよくなる気配がない。それどころか、ますます弱っていくようである。

笛吹会の建物最上階に、遠藤千沙大将のへやがあって、そこだけは、通常どおり、というか、豪勢な食事の匂いが充満していた。いく先生とカッツは千沙大将に呼び出された。

「大将、何でしょうか。」

二人は、大将こと、遠藤千沙に礼をする。大将と言っても特に権力意識があるわけではないようで、服装も、さほどほかの信徒と変わらない白装束であった。

「二人とも、まだ、あの人は立てないの?」

千沙大将は、一寸いら立っているように言った。

「はい、申し訳ありません。」

いく先生が、申し訳なく言うと、

「それでは、私、別の人間を連れてきましたの。これからはこの人が、彼の治療に当たるのよ。」

と、千沙大将は言った。

「おはいりなさい。」

「はい。」

大将に言われて、一人の40代くらいの男性が入ってくる。

「わたくし、ハチと申します。よろしくお願いします。」

カッツとちょっと雰囲気の似ているところもある男性だったが、カッツはこの人が誰なのか思い出せなかった。

「この人が今日から、病院で主治医を務めてくれることになりましたの。そういう分けで、」

「一寸、待ってくださいよ。私はもう用なしという事になるんですか?」

千沙大将の言葉に、いく先生は、急いで抗議した。

「いいえ、一緒にやっていただくことにします。ハチさんのほうが、医療技術に関しては格段に知っていますものね。」

涼しい顔をして言う、千沙大将。

一体どういう経緯で医学を学んだのか、そのあたりをもう少しはっきり聞かせてもらいたいくらいだったが、千沙大将は、それ以上説明をしなかった。

「じゃあ、こちらへ来なさい。」

という千沙大将。それにつれられて、歩いていくハチさん。千沙大将は、カッツに,

患者とあわせてやるように言った。治療者として信頼を保つようにという意味である。カッツは、じゃあこちらです、と病院に向かって歩いていく。

いく先生は、呆然とその場に残ったが、これは見ておかなきゃならんと考え直して、急いで彼女たちを追いかけて行った。

カッツは、この新しくやってきてくれた人物に、何か、見覚えがあるな、と思って、一生懸命思い出そうとしていたが、それはどうしても思い出せなかった。確か、自分の幼いころに、十年年の離れた人物が一緒に家に住んでいたような記憶があるけれど、誰だったのだろうか?

三人は、水穂の部屋に着いた。カッツが重たいドアを開けると、水穂がせき込む音がした。

「こんにちは。わたくし、これから治療に当たらせていただきます、ハチと申します。よろしくお願いします。」

「は、はい。」

比較的高齢の、何を考えているのかわからないいく先生とはまた別の、はっきりしていて、きっぱりという口調に、水穂は、そう返事をするしかできなかった。

「わたくし、こちらにまいります前は、鍼のサロンをやっておりました。少しばかり痛いですけど、本来の病気を治すというものではなく、ストレスを軽減させる意味で治療に当たらせていただいております。」

「はい。そうですか。」

水穂は静かに言った。

「あとは、鍼だけではなく、リンパのマッサージなんかもやっております。横になってもらえますかね。早速やってみましょうか。」

そういって、ハチは水穂を静かに寝かせた。

「とりあえず、今日は体をもみほぐすだけにしておきましょうか。」

と言って、ハチは、水穂の体を静かにもみ始めた。水穂も気持ちよさそうに静かにため息をつく。

「たぶん、くすりのように、すぐに体をどうのというわけではないですけど、体が気持ちよくなれば、結果として、体力もつくのではないかと。」

「はい。」

とりあえず、体をもみほぐしてもらい、水穂も今まで見せたことのない顔をした。こんな顔をしたのは、ここにやってきてから初めての事である。

「どうですか?だいぶリンパがほぐれてきて、楽になったでしょう?」

「ええ、ひさびさに、楽になってきたようです。」

こう楽しそうに会話する、ハチと水穂をいくは、一寸憎々しげに見た。いくは、こういうヒーリングとか、マッサージと言った、形のない治療法が嫌いだったのである。

「それにしても、ずいぶん体が硬いですね。もう少し、体をほぐして、柔らかくした方がいいんじゃありませんか?体が柔らかいっていう事も、免疫力を高めるためには必要なことでもあるんですよ。」

「そうですか。」

「ですからね。動けなくても、少しだけでいいですから、体を動かすようにしてください。もちろん、安静も必要かもしれませんが、それ以外のときは、少しだけでも、体を動かしてくださいね。」

どうも矛盾するようであるが、治療者というのは、そういうことをいう者らしい。そういう正反対のことをいうので、患者は、非常に困ってしまうのであるが、平気な顔をして、治療者は余分なことをいって、困らせる者なのである。

「まあ、そのうち春本番になれば、暖かくなってきますから、少しづつ体を動かそうという気にもなれるでしょう。いくら何でも、薬に頼りすぎて寝ているだけでは、何も治る気にはなりませんよ。そうじゃなくて、体本来が、生きようとする気力を持たせなくちゃ。人間はね、動物ですから、いざというとき、野生の本能が出て、生きようという気持ちが沸いてくるんですよ。それは、どんな動物もそう。人間も、その野性味をなくしてはいけない。それをなくすから、自殺が後を絶たないんですよ。だから、僕たちは、体を使って、その野性味を取りもどしてやらなくちゃ。僕らはそれを、取り返すのが、役目なんです。」

あれ、その言葉、どこかで聞いたことがある。誰かが、人間の野性味がどうのとか、そう家族に散々言っていたような。カッツはそれが誰なのか思い出せなかった。

「はい。これで大丈夫です。またすぐに施術に来ますから。なるべくなら、少しだけでも、体を動かすようにしてくださいね。」

ハチは、マッサージする手を止めた。

「具合どう?水穂さん。」

と、カッツが言うと、

「ええ、おかげさまで、かなり体が軽くなったような。」

と、ほっとしたようににこやかに笑った。

悔しそうな顔をして見つめるいく、カッツはその顔をなんだかすごい顔だとみてしまった。

「どうしたんです?いく先生。」

「いや何もない。」

カッツに言われていくは、感情を抑えるが、持っていた鉛筆がぼきぼきと言って折れた。

「あ、水穂さん。マッサージした後は横になって休みましょう。暫く眠っても構わないですよ。眠ったら、ご飯を食べて、体力つけましょうね。」

ハチは、水穂の体に静かにかけ布団をかけてやるのだった。

「ありがとうございます、久しぶりに体をもみほぐしてくださって、うれしく感じました。ありがとうございました。」

水穂は、そういいながら大きなため息をついた。そして、気が付いたときは、静かに眠っていた。

「あら、いいじゃないですか。今日は睡眠剤、要らないかもしれませんね。」

なるほど、人に体をもんでもらって、やっと、楽になってくれたのだろう。それは、カッツにもわかってしまった。

でも、この人物が誰であるのか、カッツはどうしても思い出せなかった。

「じゃあ、目が覚めたら、何か食べさせてやってください。じゃあ、僕はとりあえず、ほかの患者さんのこともあるので、ちょっと失礼します。」

と、ハチは、そういって、部屋を出て行った。

「全く、役に立たない者をどうして、患者に施術するのだろう?本当に邪魔者だ、ああいうやつは。」

いくは悔しがったが、水穂さんの眠っている声が、役にたっている証拠でもあった。

「いく先生。なんでまたそんなに悔しがるんですか?別の分野で役に立つことをすれば、それでいいんですよ。それで。」

カッツは、そういって慰めるが、いくは大きなため息をつく。

「いや、絶対、こっちのしてくることに、おかしな手立てを出してくるはずだ。それが、ああいうやつらのやり方だ。こういう医学に対して、必ずなにか一つか二つ文句をつけてくる。それは、いいことだとああいうやつらは思い込んでいるんだ。中には、患者から高い金を巻き上げたりして!まるで弱者いじめのように見えるじゃないか!」

「いく先生。そんな風に、あの人を責めるなら、何こっちも対抗策を作ったらどうでしょう?それでは、いつまでも、惨めなままですよ。それで何とかすれば、いいじゃありませんか。批判ばっかりしてないで、何とかするようにしてください。それでは、何も進歩もありませんよ。ただ嫉妬しているだけじゃ。」

もちろん、カッツは冗談で言っただけなのだが、いくは何かにとりつかれた様に、天井を見つめていた。

カッツは、本気にしてしまうとは思わなかったのだが、、、。

いくは、何か決心したようだ。また何か、思いついたのだろうか。

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