解放の英雄(7)

σシグマ・ルーンにエンチャント。スリーツーワン機体同調シンクロン成功コンプリート


 ゼビアルが起動し、リューンのσ・ルーンと同調する。それで機体動作だけでなく通信その他のシステムコントロールも感応制御が可能になる。


「お兄ちゃん、先に出るかって?」

 開いたナビウインドウの中からフィーナが尋ねてくる。

「いや、後回しでいいぞ。強い奴は遅れて登場するもんだろ?」

「そんな冗談ばっかり」


 格納庫ハンガー内の様子が映っている球面モニター。左上の大きめのウインドウには艦橋ブリッジ脇からのカメラ映像が開いている。そこにはゼフォーン解放軍XFiの艦が次々とアームドスキンを展開している様が繰り広げられていた。

 リューンが言ったのも半分は軽口だが、決戦の興奮に機体制御が定まらない未熟なパイロットに十分なスペースを与えるためでもある。編隊を組んで隊長機の怒声を浴びれば落ち着いてくる彼らも、出撃直後は走り過ぎたりするものだ。


「リューン」

 フィーナとは別ウインドウ、艦長席のオルテシオからの回線だ。

「お前さんくらい肝が据わっておれば心配無用じゃろうが油断するでないぞ」

「珍しいな、爺さん」

「儂も軍歴が長い。肝心なところで緊張の糸が切れて無念の中でこの世を去っていった若者を見てきたのでな」

 老婆心からの忠告らしい。

「ありがとよ。俺様はこんなところで止まったりしねえ。まだまだやんなきゃいけねえことだらけなんだよ」

「そうじゃな」

「その中にゃ、あんたを無事にゼフォーンに帰らせて、曾孫に自分の武勇伝を聞かせてるのを想像して大笑いするってのも入ってんだからな」

 指を一本立てて示す。

「参ったの」

「締めていけよ」

 呵々かかと笑う老戦士にリューンも笑って応えた。


 まだ開いている操縦殻コクピットシェルのプロテクタの向こうから専属整備士が覗き込んでくる。悪戯げな笑いを浮かべ、深い灰色の瞳でバイザーの中を窺ってきた。


「まさか緊張して身体が動かないとか言うんじゃないだろうね?」

 上半身が入ってくるとフランソワ・レルベッテンの胸元の隆起で視界がいっぱいになる。

「馬鹿抜かせ」

「もう可愛げなんて期待してないよ。坊やなんて呼べないくらい立派になった」

「気持ち悪ぃじゃねえか、フラン」

 彼女はヘルメットを両手で挟み、額を寄せて囁く。

「リューンのお陰で良い夢を見せてもらったよ。ありがとう」

「何終わったみてえなこと言ってんだ。あんたもまだ三十半ばなんだから人生これからだぜ? こいつを片付けたら、いい男を見つけて幸せになれ。あんたなら苦労はしねえ」

「嬉しいねぇ。じゃあ、夢の続きも見せておくれよ」

 リューンは親指を立ててみせる。

「任せとけ」


 女整備士がバケットに戻って格納を始めたところでプロテクタとハッチを閉じる。外の様子を窺いながら反重力端子グラビノッツを効かせて甲板デッキへと上がっていく僚機の列に加わるべくゼビアルを起こした。


「ヒーローの登場には先に行って戦場を温めとかないといけないか?」

 横を通り過ぎつつモルダイト・バングが軽口を叩く。

「暑苦しい男が今から出撃するでるから丁度良くなるだろ」

「どこまでも口の減らない奴だな」

「無理だって、ダイト。いくら皮肉を言ったってそいつには通用しないじゃん」

 ピート・モランのジャーグが無い無いと手を振っている。

「そうですよ。この生意気な小僧は終始一貫してそうでしょう?」

「あんただってまだ若造じゃねえか」

「十代に言われたくない。僕は君より七つも歳上なんだけどね」

 フレッデン・ベルメランは内心癪だったようだ。

「歳上っつってもな、兄貴分の影で暴れてるようじゃ尊敬はできねえじゃん」

「うるさい! 僕の戦場での役回りはダイナ隊長のサポート!」

 すぐ熱くなる相手に少年は失笑する。


 まだ何か言いたげだったが後ろから来たオレンジのジャーグに押されて前に出る。通路は女性陣の機体で渋滞していた。


「騒いでないで行きな、フレッド。リューンも遊ぶんじゃないよ」

 アルタミラ・キンリーが半笑いで注意してくる。

「怖いお姉さんの登場だぜ」

「出撃の前に幼稚なじゃれ合いしてんだから叱ってほしいのかと思ったのさ」

「悪いがそんな趣味はねえ」

 行けとばかりに手で払う。

「はいはーい、お先に行っちゃうよー。リューンくんは女のお尻を追いかけておいで」

「ちっ! しまったな」

「ふひひー」

 ミント・コフレットに揚げ足を取られてしまう。

「早く行ってよ、ミント。そんなスケベ小僧に構ってないで」

「じゃあ、お前の尻を狙ってやる」

「うっ、最低!」

 フランチェスカ・ポーラにはどこまでも噛みつかれるだけ。

「仕方ないからペルセのお尻を貸す」

「そうすっか」

「ちゃんと付いてくるように」

 揶揄いの色の混じるペルセイエン・フィフィードの言葉に甘えて列の最後尾にゼビアルを踏み出させた。


アルミナここで暮らしてた頃には馬鹿か跳ねっかえりしか俺の周りに集まってこなかったが……、大して変わんねえか。頼りになって気の良いってのが足されただけだよな)

 自然と口元が緩んでしまう。

(群れるのなんて弱い連中のやることだなんて思ってたのは、俺が本当に小僧だったって証拠だな。本物の強さってのは、こういう絆の中でこそ活かされるんだって思い知ったぜ)

 収穫は多い。


 リューンはそれを証明すべく発着甲板へとゼビアルをジャンプさせた。

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