解放の英雄(6)

(ダイナの奴、余計なこと言いやがって)

 トレーニングルームでマシンを使いながらリューンは反芻する。

(まるで今が寄り道みてえじゃねえか。そんなふうに考えたこともねえ。ゼムナをぶっ潰すのは最終目標なだけで、それまでに降りかかる火の粉は払うし、このポジションに居るのだって後で役に立つっつーんだよ)

 それは本音だった。


 気遣いでもあるだろう。リューンの支払った代償は案外大きい。

 一つに、彼の存在がライナックの本家に知られたこと。本家の思惑は知れないが、今後は何らかのリアクションがあると思うべきだ。

 次にライナックに対して復讐心を抱いているのも知られたこと。これまでは亜流のライナックが彼を処理したがっていただけだが、思惑いかんでは本家が消しにかかる可能性も低くない。

 最後に協定者であると知られたこと。これが最も危険視される要因になる。エルシによれば、ライナックにはもうゼムナの遺志は付いていない。協定者そのものであるリューンに比べて技術力で差が付くのは彼らのほうが熟知しているはず。元は協定者の一族だったのだから。


(その上でしがらみ・・・・ができちまったもんな。ゼフォーンにもアルミナにもだ)

 妹の友人たちのこともあるし、自身もエムストリとの縁でただの隠れ場所ではなくなってしまった。

(面倒事があって頼られれば無視もできねえ。俺の性分からすればな)

 現実的に考えてどう行動するかも見える。将来設計に大きな影響があり、最悪枷になってしまうかもしれない。


 ただ、それが自分の生き様なのだろうとも思う。結局は大見得を切って安請け合いするのが関の山。しがらみに流されるように、いつも暴れる場所を探しながら年を重ねていくような気がする。


(そうなると迷惑を被るのがフィーナってことになっちまう)

 普通の暮らしを与えてやりたい。そう願っていたし計画もしていた。

(ところが本人はこんな波風しかねえ状態が当たり前だと思ってやがるだろ。俺の傍にいる限り逃れられねえんだから、それが日常で構わねえと覚悟を決めちまってる。そんなん俺が言ってどうこうなるもんじゃねえしなぁ)

 自分の覚悟が強く重たいだけに彼女のそれを否定するのは気が引ける。


 一番大切な存在であるだけその思いも尊重したい。リューンの中で自分の宿願と妹の願いは等価なのだ。傍に置いているうちはフィーナのほうが優先順位は高いかもしれない。


(あいつは今までみてえな名目上の家族じゃなく、俺と事実上の家族になりたいと思ってるんだよな)

 問題は想い・・のほうである。

(そりゃあ、フィーナは嫁としても最高だろうぜ。優しくて気立てが良くて気配りもできる。男を立てることも知ってるし、家事もきっちりとこなす。何より誰が見たって可愛いだろ。違うとか抜かす奴がいればぶっとばす)

 贔屓目ではないと確信している。

(そんな女がこんな男に付き合って、生涯を切った張ったの世界で生きるとかもったいないじゃん。普通に安全で幸せな家庭を築けるんだからよぉ)

 手放すのが惜しくないといえば嘘でしかない。


 二人で生きる未来を想像してみる。考えるまでもなく幸せだろう。フィーナもそう望んでいるようだし、それこそが自分の幸せであると明言した。

 では関係性が変わるのかといえば疑問符が浮かぶ。深い仲になることを除けば、お互いの距離感とか普段のやり取りに大差があるとは思えない。リューンが彼女を一生守ると誓った以上、遠く近くに居続けるのであれば状況に変化がないのではないだろうか?


(変わるの肩書だけなんじゃね?)

 つい、そう思ってしまった。

(彼氏彼女だったり恋人だったり夫婦だったりとか、色んな名目で都度変わっちまうんじゃねえかって思ってんのは、もしかして俺が子供ガキだからなのか?)

 妹のほうは、それは百も承知なのではないかという気がしてきた。


「ヤベえ……」

「何がヤバいの?」

「だあっ!」

 仰天してつんのめる。油断して三角筋を鍛えるマシンに押し出されてしまった。

「珍し。お兄ちゃんが油断しまくってた。何をそんなに悩んでたの?」

「あー……」

「わたしに言えないようなことなんだ。どこで浮気してたんだか」

 慌てて「違う!」と叫ぶ。


 ドリンクの入った無重力タンブラーを片手でぷらぷらとさせながら疑わしい眼差しで見つめてくる。起き上がったリューンもやましい思いが無いので見つめ返した。


「浮気じゃねえ。本気のほうだ。お前のこと、どうすっか考えてたんだよ」

 途端にフィーナは瞳をキラキラと輝かせ始めた。

「ほんとほんと? 本気のほうなんだよね?」

「現金な奴。やめたやめた。目の前にぶっ潰さなきゃいけねえ敵が居んのに、浮ついてんのは失礼千万ってもんだもんな」

「なんでよー!」

 妹は膨れている。

「だって困んだろうが」

「何に困るの?」

「ただでさえ名前のことや能力のこと、エルシの献身や協定者って立場のことでやっかまれんだぜ。その上、こんなに可愛い恋人まで手に入れたら何言われるか分かんねえじゃん」

 彼女はみるみる真っ赤になった。


(からかい甲斐もあるしな)

 そんなところも可愛いと思う。


「もー!」

 怒りながらも隣に座って腕を組んできた。

「思う存分、やっかまれたらいいじゃない!」

「敵を増やすなよ」

「お兄ちゃんなら誰にも負けないでしょ」


 やきもちを焼いて間に割り込もうとするペコを宥めすかしながらリューンはけらけらと笑った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る