解放の英雄(5)

 アルミナ王国軍は王都ウルリッカから200kmの距離に戦線を構築しつつある。見た目そこを決戦の場に選んだようだが、彼の立場では鵜呑みにはできない。偵察部隊を繰り出して伏兵を確認しつつ、ゆっくりとした速度で将軍ダイナ・デズンは艦隊を進める。


 ベゼルドラナンの艦橋ブリッジで偵察部隊の集めてきた情報を統合し、メインパネルに投映したマップに見入る。今のところ小細工はない。

 通常営業でコンソールに足を投げ出しているリューンも同様にマップを睨んでいる。ひと仕事終えて気の抜けた様子は見られない。闘志は衰えていないようだ。それを原動力にする彼のようなタイプは維持するのも慣れているのだろう。


「回りくどい真似をする余裕はねえだろう」

 少年はダークブロンドの美女に問い掛ける。

「おそらく。変に分散して各個撃破をされるよりは集中させたほうが利口かしらね」

「期待するような馬鹿が揃ってりゃ楽なんだろうがよ、生憎と無理みてえだな」

「第三者的に見れば政治構造上の腐敗は確かだけど、四家の筆頭当主たちもそれなりに優秀だから今の権力構図を長きに渡って守ってこられたんだよ」

 立場の難しいエムストリ王子が擁護する。完全に道を間違ってはいないのだと主張したいようだ。


(彼は成長したな)

 ダイナは思う。

(大きな壁を自ら望んで乗り越えていく努力は、少年を驚くような早さで成長させていく。何にも替えがたい経験をしているんだろうな)

 大人の一人として微笑ましく見守る。

(さて、こっちの少年のほうはどうだろう?)

 無造作に広がるオレンジ髪を眺める。


 成長したのは否めない。出会った頃は本当に野放図な少年だった。自分のやりたいようにやる。それ以外の方法を知らないのではないかと思うほどにだ。

 元々機転の利くタイプだったのは認める。勘の冴えは人一倍だろう。それらを活かしてリューンは組織行動による戦闘を大樹が水を吸い上げるがごとく吸収していった。

 誰もの目を惹く長所を利用し、部隊の中でどんな役割を演じれば有効に作用するかを見極めていく。そして、最終的には彼を中心とした戦術スタイルが確立されたのだ。英雄の血が成せる特質なのかと問われればダイナにもよく分からないが。


「リューン、君はどうする気なんだ?」

 質問が口を突いて出た。

「こっちも小細工は要らねえだろ。真正面からぶち当たって粉砕するまでだぜ」

「悪い。勘違いさせたな。目の前のことじゃなく将来のことだ」

「集中しろよ」

 半笑いで忠告された。

「そう言うな。俺がこんな立場で色々と頭を悩ませなくちゃならないのは、一部は君の所為なんだぞ」

「違いねえ」

「それなら君のことも考えさせろ」

 少年は肩を竦めて手の平を上にする。

「余計に気を回さなくたっていいようなもんだがよ」


 呆れた様子だが議論を打ち切るつもりはないようで、薄茶色の瞳が射る視線はダイナの顔を指している。彼なりの配慮らしい。


「組織運用の難しさを痛感させられた」

 XFiゼフィの総統に着任してからのことを思う。

「それでも比較的簡単なほうだったんじゃないかとも思うのさ。なにせ解放運動だ。皆が同じ方向を向いているんだから先頭で旗を振っていれば付いてきてくれる。列が乱れていないかと、行く先だけを間違えなければ何とかなっている」

「そんな簡単じゃねえだろ。あんたは優秀な司令官だし、十分過ぎる求心力がある」

「謙遜はしない。結果が出ているからな。卑下すれば仲間への不信も意味する。でもな、いずれは君も同じ立場に立たなければならない。ゼムナという強大すぎる相手に立ち向かうならば、いくら協定者でも個人では不可能。組織運用が必要になってくるんじゃないか?」

 リューンは後ろ頭を掻きながら「その通りだな」と答える。


 やはり無心に戦っていたのではないようだ。彼は彼なりに現状から学び得ているのだろう。それならこの話にも大きな意味があるはず。


「君の原動力は怒りだ。ゼムナの政情を思えば共有できるものだとも思う」

 かの地でも反政府運動は活発だとも聞いている。

「ただ、それが感情である分だけ個人の多寡は多様なんじゃないだろうか? 平たく言えば、強さや深さに波があると思う。どこまで行けば満足かは人によって違うのなら、人心を纏め上げる苦労は俺の比じゃない気がしてならないのさ」

「難しいだろうなぁ。そもそも受け入れられるかどうかさえ怪しいもんだぜ。なんたって名前そのものが邪魔をする。てめぇだってライナックの一人じゃねえかって言われたら返す言葉もねえときてる。お手上げだ」

「気付いていたんだな」

 ダイナが最も危惧した部分はそこだった。

「こればっかりは地道に行くしかねえだろ。信用されるまでこつこつとな。前なら挫けちまうんじゃねえかとも考えたかもしれねえが今はエルシが居る。時間が掛かってもいつかは何とかなるだろうって思わせてくれるぜ」

「女史の存在は大きいな」

「心配しなくてもよくてよ。彼が生まれた理由はゼフォーンを解放に導くためだけではないんだもの」

 ダイナはエルシの微笑にぞくりとする。


(時代の転換期が来ているというのか。俺はどうもその一翼を担わされているらしい。これは気合いを入れて掛からないと後世の人々に笑われてしまうな。尻すぼみの偉人だったって)

 苦い思いが胸をよぎる。


 リューンの持つカリスマがあれば、将来のことはダイナの杞憂に終わるのではないとも思うのだった。

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