解放の英雄(4)
(いいかげんに諦めてくんないかな)
無機質な雰囲気の漂う廊下を歩きながらエフィ・チャンボローはこぼす。
敗色濃厚の軍にアルミナ市民は愛想を尽かし、王都ウルリッカからの脱出を始めている。彼も恋人のうちの誰かと一緒に王都を出ようかとも思ったものの、軍に服する一人として許されない行為である。
今日も呼集を受けて本部基地に出向いたのだが、上官からの指名で別区画へと連れていかれる最中だった。どこへ向かっているかも告げられず、普段は足を向けることのない研究区画へと移動している。
(おっと、マジか?)
目的地らしい場所に辿り着いたところで入室チェックを受ける。施設管理上のそれや機密保持上ではなくボディチェックであるのを不審に思っていたら、中で待っていたのは予想外に大物だった。
(国防大臣その人の登場とはね)
腕組みで立っていたのはキオー・ダエヌ。四家のうちダエヌ家の筆頭当主であり、王国の国防大臣を務める人物。いうなれば自分に命令を下す最上位の人間に当たる。
彼は見たこともない金色ベースのアームドスキンを見上げ、傍らの技術者に何か質問をしていた。随伴していた軍の高官に耳打ちされエフィの入室に気付いたようだ。
(おいおい、何だこれは?)
嫌な予感に捕らわれる。
(老骨に鞭打って、このギラギラの機体に自ら搭乗して銀色くんを迎え撃とうとか言い出すんじゃないだろうな。そんなののお守りとか御免蒙りたいんだけどさ)
護衛役を任じられる可能性が高い気がする。
なにせ軍は完全に人材不足だった。エムストリ王子の演説から逃亡兵は引きも切らない。そこまで露骨でなくとも、地方のデモ対応の任務を理由に動員に応じない部隊が多いと聞いている。あからさまに詭弁と分かるが軍規違反を問い質しに調査に出向く人材さえ枯渇しているときている。
「ご苦労。エフィ・チャンボロー二金宙士」
慇懃な呼び掛けに敬礼で応じる。
「御命により馳せ参じました、ダエヌ国防大臣閣下」
「ああ、休みたまえ」
不慣れと分かる敬礼に苦笑し、楽な姿勢を許される。
「君はこの機体のことを知っているかね?」
「生憎と存じ上げません」
(さすがの僕も少々悪趣味だと思うんだけどさ、全身金色とかね)
目立つ事この上ない。
アームドスキンの彩色に縛りはない。耐熱性塗料や塗色用金属微粒子吹付けなど開発された技術は枚挙に暇がない。
それでも寒色系の深い色が好まれるのは宇宙空間での視認性の問題。目立ち過ぎるのは好ましくない。かと言って溶け込むのもよろしくない。
敵味方の認識を容易にするために統一性を図るのも一つの常識。中距離の混戦になりがちであれば形状での差異は瞬時の判断に繋がらない。
そういった思想をもとに、突出した彩色が選ばれることも場合によっては考えられる。剣王リューンが顕著な例だろう。彼はイメージカラーを銀色とし、自分がそこに居ることを喧伝しているのである。敵の的になるためだ。
よほど肝が据わっていないと乗れるものでない。エフィが派手なポイントカラーやイラストを入れていてもベースは落ち着いた色にしているのは生き延びたい一心からきている。
白や銀色、金色など浮き上がる色は特異なパイロットに採用されるのが常識。となれば、この新型かもしれない機体のパイロットは自身を誇示する意図で金色にしていると思うべきだろう。
「良い働きをしてくれていると聞いている」
老境に差しかかろうかという王国重鎮が語り掛けてくる。
「貴官にはこれに乗ってもらおう。これほどの栄誉はないぞ」
「了解ですが、こちらはどういったアームドスキンで?」
「協定機だ。アルミナが誇る大戦時の英雄ラーザ・パシミが搭乗していた機体である」
(協定機ときたね)
心の中で舌を出す。
「彼女が、あのディオン・ライナックと肩を並べて戦っていた頃に乗っていた『レデストロ』、それがこいつだ。英傑の一人に数えられる協定者ラーザの搭乗機らしい美しく勇壮なアームドスキンだろう?」
「そうですね。こんなカラーリングをされている機体にはそうそう出会えませんね」
少々の皮肉を込めると上官が頬を引きつらせている。
「協定機同士なら君は後れを取らんと見込んでいるのだがね」
「御期待には応えたいところですが……」
(虎の子の放出のつもりなんだろうけどさ、こんな骨董品を押し付けて僕にあの銀色くんを討てっていうのか)
盛大に顔を顰めたいところをぐっと我慢する。
「無論、君用に調整しよう。ここに集まっている技術者は要望に応えるために居る」
キオーが示すと皆が敬礼で応じている。
「分かりました。身命を賭しても王国のために働くと誓いましょう」
「うむ、王国の未来は任せたぞ」
(任せられたくないなー)
レデストロには数多くの鋭い棘が各所に付いている。威圧的なディテールと金色の彩色は、ラーザの性格を如実に表していそうだ。実力が伴っていたとしても、目立ちたがり屋だったのは間違いないだろう。
(あーあ、この親父が下手を打ってガラント殿を逃がさなきゃ、もっとマシは戦略が立てれたってのにさ。とんだ貧乏くじを引かされることになってしまったな)
溜息を噛み潰す。
エフィにできるのは、このレデストロが自分に合うアームドスキンであるのを祈ることのみだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます