解放の英雄(3)

 エルシはフランソワに呼ばれて格納庫ハンガーに向かったので兄妹は二人きりになる。兄の正体が露見した当初は同室で暮らすのを問題視した発言が無くもなかったが、結局はそのまま同居しているのが現状。

 戦艦内の恋愛問題はトラブルに発展することもままある。とはいえ規制すればしたで別の問題が発生するのも事実。つまるところ本人たちの自制心によるところが大きい。


(まあ、お兄ちゃんだと、血縁が無くて倫理的な問題が無くなったからって急に豹変する可能性は低いって思われたんだろうなぁ)

 少なくとも女性陣の論調はそうだった。

(リューンみたいなタイプはあまり浮ついたことはしない。衝動に駆られたりもしない。何らかの「けじめ」をつけない限りは現状維持が関の山って言われちゃったし)

 いきなり男女の関係に発展しないと高を括られた。


「事実なんだけどさぁ……」

 据え膳のフィーナには少し不満がある。

「ああ? どうした?」

「独り言」

「そうか」

 女性とは独り言が多いものだと思っているらしい。

「ところでな、この件はもう少しで片が付く。きっちり始末をつけてやる。でも、終わったからってそんなに生活に代わり映えはしねえと思う。結局はまたどっかで喧嘩を始めるに決まってる」

「ずっと一緒なのは無理だって思ってるの?」

「一般論として女は安定を好むからな。こんな年中騒がしい状況を嫌うんじゃねえかと思ってな」


 あくまで一般論だ。女性は争い事を厭い、問題に見て見ぬ振りをしてでも角が立つのを嫌う向きがある。子供を産んで育てる環境を重視した、或る種の本能といえるかもしれない。それをリューンは彼女にも当てはめて感じたのだろう。


「はっきり言って今更だと思うよ」

 言われた兄は渋い顔をする。思い当たる節が少なくないのだろう。

「お兄ちゃんが騒ぎの中心になっちゃうのは仕方ないんじゃない?」

「そうだけどよ、お前のストレスを度外視する気はねえ。きついって感じてるなら、なんか手を考えねえと長くは続かねえだろ?」

「気にしなくていいっていうのが本音」

 遠慮などせず正直に伝える。

「もう慣れちゃった。それにお兄ちゃんはわたしとわたしの生活を守るのにずっと自分の気持ちを抑えてきたんだもん。もし選んでくれるんだったら今度はわたしがお兄ちゃんを支えたいって思ってる」


 どんな形でもいい。恩に報いたい。

 リューンは彼女のことを父母、ディドとペギーへの恩返しだと思っているようだが、自分の感情を棚上げしてフィーナの生活を重視して生きてきた兄にそう感じるのは普通だろう。そこに親愛以上の感情が介在するかはともかく。


「見た目によらず尽くすタイプなのは分かってる。けどよぉ……」

 窺うように言葉を濁す。

「見た目によらず、ってどういうこと?」

「引っ掛かるのはそこかよ!」

「説明して」

 お茶を濁す意味で追求する。何か引き出せそうだとも思っている。

「鏡見りゃ分かんだろ? お前は派手に可愛いほうだって。控え目な見た目だなんて言わせねえぞ」

「ふむふむ、そう思ってるんだ。『可愛い』を付けてくれたのは及第点をあげる」

「うげ」

 言質を取られたリューンは悲鳴を上げる。


(ちょっと誘いを掛けただけで口走っちゃうんだよね、お兄ちゃんは)

 カマを掛ければ簡単に引き出せて自尊心を満足させられる。


「手を出さないから女として魅力がないのかと思っちゃうじゃない。それとも控え目な美人のほうが好きなの? チェスカさんみたいな」

 彼女も少しは兄に惹かれているのをフィーナの鼻は嗅ぎつけている。

「チェスカ? 無理だ。あんな俺にだけ噛み付いてくるような女はよ」

「それだけじゃなくって、他の美人の皆だってお兄ちゃんに注目してるよ?」

「知るか。差し詰め俺の名のほうに興味津々なんじゃねえか?」

 微妙な空気感に、膝の上のロボット犬ペコが耳をパタパタとさせている。


(そう思ってるんならそのままにしておこうっと。自分に華があるだなんて思ってないみたいだし。ペスが肩を竦めてるんだから謙遜しているんじゃないのも丸分かり)

 非常に便利だ。リューンがσシグマ・ルーンを装着するようになってからは駆け引きが楽になった。


 そう考えれば現代の軍において、特にパイロット同士の人間関係は単純化しているように思える。考えていることが表にあらわれやすいのだ。トラブルの種にもなるだろうが、良好な関係を築きやすいのも本当だろう。


(ゼムナの遺志はそれも計算してσ・ルーンが浸透していくのを座視したのかなぁ。人同士が分かり合えるのにとても便利なアイテムだもん)

 そんなふうにも思えてきた。


「ライナックの名前にステータスがあるのは確かだよね。お近付きになりたいと思っても変じゃないかも?」

「だろ?」

「変なのに引っ掛からないようにね」

 兄は顔を顰めて「引っ掛かるか!」と吠える。

「ここにこんなに可愛い女の子が居るんだから十分でしょ?」

「ああ、可愛い可愛い!」

「おざなり!」

 リューンは彼女の金髪に指を絡めてぐりぐりと撫でた。


(ちょっと悪戯してみよう)

 フィーナは顔を仰向かせ目を閉じて唇を突き出す。


「するか、馬鹿!」

「えー!」


 枕を顔に押し付けられてベッドに転がされるフィーナだった。

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