血の意味(3)
「勝手にさせとけよ」
リューンの言は聞けない。
「放っておけるか。このままでは激化する一方。
「こいつら、本音じゃこっちのことなんて考えてねえぞ?」
「だが、俺たちの正当性を代弁してくれている」
ダイナの目にはそう映る。
「いーや、これも保身だ。敵だと思ってたほうに協定者がいた。もしかしたら悪いのは自分たちのほうかもしれねえ。国際社会で悪者にされるのはきっと自分たちだ。そいつは参る。ってな論理が頭の中でできてやがる」
「ぐ……、否めないな」
「そればかりとは言わねえさ。でもな、頭の片隅にはちっとはあるはずだぜ」
オレンジ髪の少年が冷淡にニュース映像を眺めていたのはそれが理由らしい。
皮肉に満ちた視点を持つ少年から見れば行き当たる心理。全面的には肯定できなくとも否定もできないという一面を持つ。
「だとすれば後悔の元にしかならないじゃないか」
いつか省みた時の話だ。
「俺にはどうにもできねえぞ。大して立場は変わんねえからな。言えば言うほど嘘くさくなんだろ?」
「そうか。君は一応アルミナ人なんだったな」
最近は失念しがちになる。
「消されてる可能性のほうが高いけどよ、アルミナ国籍は持ってた」
「その彼が闘争を制止しようとすれば、おかしな話になるかしらね。かなり無理がある理屈だけど」
「確かに」
エルシの補足は分かり易くて素直に頷ける。彼女は事前にリューンには口出しできない事態になるという計算が働いていたらしい。だとすれば事態を収拾すべきは誰なのかも規定事項なのだろう。
「王制府は革新派を余計に刺激して反発食らってる。保守派を焚きつけているしな。となれば、こいつを収拾できんのはお前だ、エムス」
待っていたと言わんばかりにリューンが指名する。
「ぼく?」
「まずはどうするのが正しいと思うかお前の立場で決めろ。今の空気で煽動すりゃ自分が旗頭になって市民軍を結成して王様に翻意を促すのも可能だぜ?」
「この戦争に加担しろって言うの?」
「聞け。選択肢だ」
リューンは王子に向き合うと真剣な眼差しを向ける。それがこれからの人生に大きな影響を与えるだろうと教え込むように。
「市民同士で争うのが見ていられねえってんならどっちかを止めればいい。簡単なのは保守派だな。奴らは王子の言うことなら真摯に聞くだろうし、反抗もしにくいだろう」
ゼフォーン陣営にいるのを指摘してきたら丸め込まなければいけないと言い添えている。
「保守派が鎮静化すれば流血沙汰は減る。警察は革新派の運動を抑え込もうとするだろうけどよ、あまり無茶はしねえはずだ。これ以上刺激するほど馬鹿じゃねえと思う」
「そうか。四家だってこれ以上問題を大きくしたくないもんね」
「ってな寸法だ。根本的な解決には至らねえけどな」
褒めるように肩をぽんぽんと叩く。
「んで、一番面倒臭えのが革新派を止めることだ」
完全な事態の解消を図るならこの方法が最適だといえよう。革新派が活動をやめれば保守派は矛先を向けるべき相手を失う。彼らも重武装した
「ただし、説得するのは相当大変だぜ。熱に浮かされたようになってる連中はなかなか聞く耳持たねえからな」
エムストリも困難さを理解できるのか、眉が下がっている。
「静かにさせようってんら筋の通った理屈をぶつけてやんなくちゃなんねえ。連中の心に響いて納得させられるようなやつをな。さあ、どうする?」
「……少し考えさせて」
「もう無理ってくらい考えろ。そうすりゃ結果がどうあれ後悔しねえで済む」
リューンは肩をひと撫でして微笑む。
「お兄ちゃん、優しーい」
フィーナが空気を軽くするように囃し立てる。何かツボに入ったのかお腹を抱えてケラケラと笑い出した。
「笑うなよ」
リューンは不貞腐れる。
「だって、いつもなら突き放して自分で考えさせるお兄ちゃんが懇切丁寧に選択肢まで準備して話してるんだもん」
「うるせえよ」
「自ら導き出した答えじゃないと身にならないと思ってるから突き放すんでしょ? それも優しさだけど、今回は問題が難しすぎるから考える道筋まで提示してあげた。らしくないことするから面白くなっちゃった」
フィーナは兄の心理を解説している。
遠回しに、それくらい大切な決断だとエムストリへ聞かせている。これも彼女なりの思いやりだろうと思われた。
(この少女は兄にこんな風に導かれてきたから、どんな局面になっても落ち着いて対処してきたのか)
兄妹の関係性を改めて知ったダイナである。
(二人とも表にあらわれる感情は激しいけど、胸中ではいつも考え続けている。だから如何な困難も乗り越えてきたんだな)
芯が通っている印象はその所為だと思われた。
「待ってて。ぼく、剣王が納得できる……、ううん、皆が納得できるような主張を準備するよ」
エムストリは拳を固めている。
「頑張れー」
「やってみろ。行き詰ったら相談しろ。エルシかガラントにな」
「えー、そこは逃げちゃうんだ」
フィーナはまた笑い出す。
その頃にはエムストリの面からも苦悩の色が消え、決意の笑みを湛えていた。
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