血の意味(4)
クリスティン・ライナックは溜息がやまなかった。
度重なる王都ウルリッカ防衛ラインの構築断念にゼムナ軍は苦慮している。連合するアルミナ軍は当初こそ配慮を見せていたが、じきに市民の反対運動など武力排除すれば良いと言い出す有様だった。
王国軍ゆえの主張だろうが、クリスティンとしては許せはしない。自制を促し諫めて思い止まらせ続けるにも疲れてくる。最後のほうは、悪役を買って出た副官イムニが軍の撤退をちらつかせて考えを改めさせなくてはならなかった。
「これほど苦労する出征になるとは思わなかった」
思わず愚痴ってしまう。
「心中お察しします。こうも聞き分けが悪いと誰と戦っているのか分からなくなってしまいそうでした」
「済まないな、代弁させて」
現在はアルミナ軍とは別行動を取っている。市民の反感がゼムナ軍まで飛び火しそうになると感じたイムニの具申を反射的に承諾してしまったからだ。今となっては少し後悔していた。
もしかしたら今にもアルミナ軍は市民を力で排して防衛ラインを構築しているかもしれない。当面はそんな情報は入ってこない。現在は軌道上を航行中なので監視もできていない。
「このまま
それが彼の進言だった。
「我が軍は本来、こんな戦法をとるべきではないのだがね」
「重々承知しているのですが、それを言えば我々はアルミナ軍のお目付け役として派兵したのでもないのですよ」
連合軍の大戦力をもって正面から
いかんせんアルミナ世論の悪化が戦闘を阻み、任務の遂行を困難にしている。このうえは贅沢も言っていられない。速やかな解決へと舵切りを余儀なくされた。
「これ以上のイメージダウンは我が国に利するどころか害になってしまいます。どうか承服してください、クリスティン様」
そう言わせてしまう自分を情けなく感じる。
「助かる、イムニ。嫌な役回りばかりで申し訳なく思っている」
「お気になさらず。お役に立てているのであれば幸いです」
もし、彼がいなかったとしたら既にアルミナを見限っていたかもしれない。ゼフォーンを巡る情勢は本国で聞いていた以上の酷さだ。バルキュラの海賊退治などとはわけが違う。
「本音を言えば関与すべきじゃないのかもしれない。ただ、放置できる段階ではなくなってしまった」
二人だけなのを良いことに、また溜息と一緒に吐き出してしまう。
「リューン・バレルの存在ですね」
「彼にライナックを名乗らせたままではいけない。今、身を引けばアルミナは確実に負ける。ライナックが秩序の破壊者になっては駄目なのだ」
「ええ、敗戦の憂き目となればライナックの名の被るダメージは、アルミナ側に加勢したそれの比ではないでしょう。自分もそれだけは避けなくてはならないと感じています」
「当たり前のことだが、絶対に負けるわけにはいかなくなった」
仮にクリスティンが司令官として同道しておらず、援軍だけを派遣していたならば見限り時もあっただろう。それこそ市民感情の悪化による政情不安だけでも撤退の理由には十分だ。
もしかしたらクリスティンは協定者の運命に誘い込まれるように出征を決定してしまったのかもしれない。彼がいなければリューンは名乗りを上げたりしなかった可能性もある。全てが連動していたかのように思えてきた。
(これがゼムナの遺志を動かしたほどの運命か)
そんなふうに感じる。
「なるほど。分かるような気がします」
戯言じみた仮定の話にイムニは付き合ってくれる。
「それでも認めてはならない。あれはライナックではない」
「ええ、高潔なる本家の方々の列にあのような野獣が混じっていてはならないと思います。リューン・バレルはライナックであってはいけません」
「彼が協定者であろうと正面から打ち破らなくてはならない。そうしないとライナックの名は地に堕ち泥に塗れる。許せるものではない」
強い口調で言い放った。
「あの少年の間違いを正すために私は全身全霊をかけて戦闘に挑む。これは譲れない戦いだ」
「お供させていただきます」
覚悟を示すように二人は眼下を睨み付けた。
◇ ◇ ◇
王子は胸を張ってカメラ前へと進んでいく。ガラントは彼を信じて背中を押してくれた。エルシは保証するように微笑んでいる。剣王に見守られているだけで心強い。十一歳の少年は期待を背に感じつつまた一歩前に進む。
「国民の皆さん、ぼくはエムストリ・ヴィー・アルミナ。この国の王子です」
軽く握った右手を胸に、毅然として口を開いた。
「ここは
カメラは少し引いて彼が拘束されていないのを示す。
「配信をお願いしたのは、ぼくから皆さんにお話ししたいことがあるからです。どうか聞いてください」
緑の瞳に真剣な色を湛えてエムストリは訴え始めた。
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