惑乱のアルミナ(7)

 最愛の夫ガラントは何事もないように家を発った。しかし、何か覚悟を秘めていたのは妻としても女としても察せられるものがあった。


 三十八歳のシャレードだが、若い頃の美しさは欠片も損なわれていない。彼女の矜持と夫の前では常に美しくありたいという思いの結実だ。

 ただ、それは別の効果も生み、今でもモデルやタレント業の再開を望む声が引きも切らない。母親としての美も兼ね備えた今こそと言われることも多々ある。

 世論に左右される芸能界は当然情勢には敏感で、そちらから良くない噂が耳に入ってきていた。中には早々に国外脱出を目論んでいる事務所も散見されるらしい。


(影響力は甚大だものね、協定者とか)

 人気の域を越えて伝説に届かんという存在だ。

(誰もが心動かされる。どう振る舞うべきか考えるのが普通)

 敵対はしたくない。でも回避できない立場もある。

(あの人はかなり前から少年と関わっていたんだもの)

 複雑な心境なのは容易に分かる。しかし、それだけではないとも思える。


「ママ、ユーリーも良い?」

 九歳になったミヨンでも長い付き合いの大きなぬいぐるみとは離れがたいらしい。

「いいわ。車に座らせておいてあげなさい」

「わーい!」

「ママー、リナの友達もー!」

 三歳のリナも腕いっぱいに人形を抱えている。

「ええ、でも全部のオモチャは持っていけないからね?」

「うん」

「リナ、一緒に選ぼう」

 ミヨンは姉らしくきちんと面倒を見てくれるので助かっている。


 貴重品、特に換金価値がある物を中心に車に乗せていく。準備が役に立たないのがベストだが何が起こるか分からない。

 王子エムストリと懇意にしていたガラントが王室を裏切って逃亡するとは考えにくい。義理堅さと同時に、家族のほうを大事にしてくれる情の深い人だ。あんな表情で警告してくるのは事情があるとしか思えない。


(今、わたしにできること)

 妻として、母としてやらねばならない事があると思う。

(ガラントの負担にならず、それでいて家族皆が父親を必要とし、愛していることを伝えないと)

 そのためなら業界の一線で戦っていた頃の力強さを取り戻せる。


 シャレードは往時の覇気が甦ってくるのを感じた。


   ◇      ◇      ◇


 クルダスを皮切りに、パキラント大陸のいくつかの都市がゼフォーン解放軍XFiとの友好を望みダイナ将軍は受諾。同等の条件で各市を公認するとともに補給線を確保し継戦能力強化を図った。

 金材等の提供の申し出もあり、アルミナの情勢は二極化しつつあると感じさせる。事実上、武器提供に近いそれらがあるということは、公に王制府に対する反意とも取れる。自治体にしてみれば抗議の意思を示したところだろうが、相応の覚悟もしていると思われる。


「で、王制府は黙っちゃいられねえよな」

 リューンは面倒くさそうに頭を掻く。

「そうなるな。こちらとしても便宜を図ってもらった以上、義理は果たさなくちゃならないだろう」

「いいさ。どうせ本陣に切り込まなきゃ勝負はつかねえ」

「お兄ちゃん、顔!」

 ダイナの弁に応じた彼の獰悪な笑いをフィーナに咎められた。


 敵地ではあるが十分に腹も膨れ、応援まで背に受けての出撃である。士気は下がりようがない。

 地表面積の三割に満たない海洋を越えて北ソネム大陸まで艦隊を進める。そこは完全に敵の領域となるも、パキラント大陸に戦火が及ぶようでは支援都市が手の平を返す可能性があるので戦闘地域は選ばなくてはならない。


「本当にゼムナ軍は動いてないのかな?」

 ダイナは半信半疑で報告を反芻する。

「ええ、現状出撃の気配はないわ。衛星画像からも読み取れなくてよ」

「まさかヘソを曲げたとも思えないけどな」


 メディアでは好意的な内容を大々的に扱っているが、否定的な報道も少なくない。そちらも二極化しているのはゼムナ軍も把握しているだろう。それに対する抗議だとは考えにくいが。


「結構ダメージ与えたから修理とか時間を取られちゃっているんじゃないかなぁ?」

 フィーナが顎に手を当てて意見し、抱かれているペコも吠えて同意を示す。

「いや、向こうも実戦艦隊のはずだ。ダメージコントロールくらいはできていると思うんだが」

「そうでもないかもよ。経験上、撤退を余儀なくされるほどの敗戦を経験していない軍がかなりの損耗を受けたのだから立て直しに手間取っても変ではないかしら」

 エルシに反論されたダイナは目を剥く。

「うう、女史が言うのならそんな気もしてきました。軍事でフィーナちゃんに負けるとは……」

「気を落としては駄目。知識では測れない心理というのは素人のほうが感じやすいものよ」

「そうそう。まぐれです、まぐれ」


 女性二人に慰められて余計に落ち込むダイナを笑う。窓の向こうに見えてきた陸地てきちにも動揺はない。


「父上にはもう時流が見えないのかな?」

 一緒に笑っていたエムストリが憂いの表情に変わる。

「なんだ、エムス。地元が近くなってきて悩んでんのか?」

「うん。ぼくにはもう戦いを止められないけど、大きくしたくないと思うんだ。父王陛下は同じように感じてくれないのが悲しくなって」

「仕方ねえな。あれは四家のシステムに組み込まれた傀儡だ。やりたいことがあるなら、飲まれる前に飛び出したお前がやれ」


 責任を噛み締めるように口元を引き締め、大きく頷いた王子を微笑ましく見守る。幼い身を不憫とは思うが生まれは変えられない。


「あー……、何だこれ?」

 通信士が首をひねっている。

「明確に報告しろ」

「はぁ、低出力の電波なんですけど呼び掛けてるみたいです。業務回線ですね」

 ダイナはすぐに内容を問う。

「会談を求めています。正確にいうとインタビューしたいと」

「はぁ?」


 通信士は相手がメアリー・スーンと名乗っていると告げた。

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