惑乱のアルミナ(8)

 メアリー・スーンは不思議で仕方なく思っていた。

 ゼフォーン解放軍XFiには公式の窓口がないので非公式な申し入れをしたのは事実。だからといって着底する予定があるから、その時に勝手に訪問するよう返されるとは予想外だ。つまり場を設定する気がないという意味である。


(滅多な発言のできない公式の場でなく、後で記事の内容に修正が利くような内密な場所でもなく、好きな時に来いっていうのよね。そんな所じゃ突っ込んだ質問ができるわけないわ。取り合う気が無いって意味)

 嘗められているのだ。興味本位の取材であると。


「後悔させてあげる、協定者リューン・ライナック」

 自らを鼓舞するように口にする。


(クリスティン・ライナック氏は真摯に向き合ってくれた。満足のいく回答ももらえて、もう片方に雑な対応をされたのでは記事の内容は自ずと知れたものになるわよ)

 巨大な戦艦を前に臆することなく足を進めた。


 通り掛かりの乗員クルーに尋ねると気さくに居場所を教えてくれる。大概は艦橋ブリッジかトレーニングルームか格納庫ハンガーに居るらしい。一人がハンガーで見掛けたというのでそこへ向かう。

 目的の相手はすぐに見つかった。オレンジの髪は非常に目立つし、何より目を惹く存在感がある。その点ではクリスティンと変わらないと感じる。


「リューン・ライナック?」

 問い掛けるとすぐに顔を上げる。

「リューン・バレルだ。登録名は変えてねえ」

「了解よ、リューン。どこで話を聞けばいいのかしら?」

「何でも訊け。答えられねえもんには無理だって言うからよ」

 落胆する。やはりまともに取り合う気はないのだ。

「フラン! 溜まってきてんぞ! 早くやれ!」

「急かさないでおくれよ!」


 そう言いつつ少年が印象的な銀色の機体のメンテナンスハッチを開く。当然内部構造が丸見えだ。メアリーがウェアラブルカメラを着けていると分かっているのに。彼女は仰天する。


「型番チェックだけだろうが!」

「機体が小さい分パッキングシリンダの密度が比較にならないのさね! もうそんなに運んだのかい?」

「しれてんだろ」

 彼は横の修理機体のために駆動部品らしい物を運んでいたようだ。

「以前は重力下だと音を上げてメッシュに転がってるくらい可愛げがあったのに、めっきり細マッチョになっちゃって……」

「うるせえ」

「待って! もうカメラは回しているのよ?」

 ようやくメアリーは口を挟む。

「それがどうした。勝手に来いって言ったのは俺だから構わねえぞ」

「これは協定機でしょう? 機密の塊じゃないの?」

「馬鹿にすんな。この辺は通常機体と変わらねえから見せてる。分析されたところで何も分からねえって」

 リューンは自機の構造を把握しているらしい。

「それはパイロットの仕事なの?」


 少年はハッチ内部にコンソールを繋げて2D投映パネルを立ち上げると指を走らせている。流れる数値をチェックしているようだ。


「人による。俺はやりたいからやってる」

「ここでの作業に時間を費やすくらいなら訓練をすべきではないの?」

 つい本音が口をつく。

「やってる。両方とも大事なんだよ。こいつを俺の手足にするか、ただの豪華な棺桶にするか決まるんだからな」

「そういうものなの」

「単なる流儀だ。誰もがそうじゃねえ」


(何なの、彼は。十七の少年が協定者ならもっと上段からものを言ってくるかと思ったのに、普通に働いてるだけじゃない)

 雑な扱いなんかではない。普段通りの彼に接しているような気分になる。

(でも、若さゆえにゼフォーンに利用されているふうでもない。何か芯が見える。あの戦闘画像の言葉からも読み取れる何かが)

 俄然、記者魂が掻き立てられてきた。


「じゃあ、お言葉に甘えて聞かせてもらうわね」

 本題へと入っていく。

「あなたとクリスティン司令の会話からライナック一族への怨恨が感じられたわ。もしかして狙っているのはご両親の復讐? アルミナはその復讐劇の舞台にされようとしているのかしら?」

「違えぞ。今は王制府との喧嘩の真っ最中だ。あいつが横槍入れてくるから牽制してるだけだっつーの」

「あくまで目標はゼフォーンの事実上の独立だというのね?」

 少年は即答で肯定する。

「アルミナ王制府がゼムナの誰かとの裏取引であなたの生活を脅かしたから?」

「それもあるし義理もある。妹と二人で生き延びられる場所をもらったからな。受けた恩は身体で支払うさ。自分を鍛えるのにもちょうどいい」


 リューンは利用されるどころか状況を利用していると言う。さも、それが当然であるかのように。


「だからリューン・バレルとしてここに居ると?」

「そいつは無理そうだ。あんたには協定者としか映っていない。妙な肩書がついちまったからな」

 自嘲気味に笑っている。

「でも、あなたが協定者として解放へと導くのならゼフォーンは恩義を感じるでしょう。将来的な戦力として計算してないと言い切れる?」

「俺がゼムナとの喧嘩のために今戦ってるって言いてえのか? そいつも違うな。ここの連中は自分の国の将来のために命を張ってる。そうだろ、フラン?」

「当り前さね。全部お前さんに任せる気なんかないよ」

 整備士の女性は躊躇いもない。

「俺様はそれに手を貸してやってるだけだ。片付けたら別の喧嘩を始める。その頃、こいつらは自分の生活に戻ってるはずだぜ?」

「王制府の姿勢を質す紛争であるのに変わりはないと主張するのね」


 筋道は通っているものの、理屈には幼さが感じられると思うメアリーだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る