惑乱のアルミナ(6)

 政治家のやることだ。怒らせないよう速やかな退去を伝えてくるのだとリューンは思っていた。ところがそんな空気ではない。


「要点だけを言うと、君と友好関係を築きたいのですよ、リューン・ライナック君」

 何が重要かを確かめるように姓まで付け加えてくる。

「さっさと出ていけっつーのかと思ったら友好だと?」

「市民にも協定者の属する軍を歓迎する向きがあるのを知らないのかな?」

「敵国である俺たちを、か?」


 エルシは特に発言しないが何か掴んでいるようだ。彼がどう判断するのかを観察している。ダイナを見ると認めるように頷いていた。


「君はバイクで降りたから目立たなかったんだろうが、調達部隊の陸戦隊員は直接歓迎されたって話だ。物資の買い付けを打診すると二つ返事で準備してくれたらしい」

 リューンには理解不能の行動である。

「あなたは協定者の意味を軽く見過ぎているのよ。大戦後には現れていないのだから実感が薄いのでしょうけど」

「だからこそ尊重もされる。協定者とは英雄の代名詞となるのさ」

「英雄にならぶっ殺されてもいいってのか?」

 敵味方の線引きがはっきりしている少年にはそうとしか思えない。

「違う違う。相手が英雄ならば、敵方に回りたくないと考えるのが心理ってものだろう? 君に敵視されたくないんだって」

「まともに考えりゃ、こんなショボい数の軍で一国相手に侵攻かけるなんて無謀だって分かってるのにかよ。負ける気なんて毛頭ねえけどな」

「ロイド・ライナックの偉業だって当初は無謀だってされてたのさ。それを彷彿とさせるんじゃないかな」


 傍目にはドラマティックな行動に見えるのだろうかと思う。本人にとっては命懸けの喧嘩以外の何物でもないのだが。


「んで、市民感情を鑑みて姿勢を変えるってやつか? 要は尻馬に乗っかるつもりなんだろ?」

「否定はしないが、それほど単純な理由でもない」

 ライマー・ジャクソン市長は手の平を振ってみせる。

「君を排斥しようとすると色々な事が起こるんだよ、リューン君。苦労して誘致した企業が撤退を計画。地場産業の株価さえ下降の気配を見せている。第三者視点では協定者と敵対するなど愚行だと思われている。地方自治体などひとたまりもなくなく困窮状態に陥るね」

「仕方ねえって考えるんじゃねえのか? だって、あんたは王制府が指名した市長だろ。王室の意向が交戦なら結果に過ぎねえ。そもそも二年前に俺を追い込む作戦だって、最低でも黙認はしたはずだぜ?」

「それに関しては謝罪しよう。あの時は王室に従うのが市民のためだと思って見過ごした」

 紳士は容易に首を垂れる。

「指名されてクルダス市民に責任を負っているからこそ私が第一に考えるべきは安全と生活なのだと思っている。矛盾しているように感じるかもしれないが、市民生活を守ることが後に王国の地盤を揺るぎないものにする最高の施策なのだよ」

「それがあんたの信条か」


(どういう風の吹き回しかと思や、こいつはいつも政治家の顔で俺のことを見てやがったんだな。自分の感情なんてどうでもいい。市長として何が正しいのかを考えて今回はおもねってきたってわけか)

 二年前も今もライマーは常に何一つ変わりなく政治家だったのだ。


「分かった。手ぇ結びたいってんならそれでもいい。けどよ、あんたと仲良くして俺に何の利点がある?」

 意地の悪い質問を投げ掛けてみる。

「こちらとしてはクルダスに君への敵対意思はなく、友好関係を築いたと公表させてくれればいい。見返りに関しては正直何を提示すべきなのか分からない。参戦以外なら大概のことは検討しよう」

「あくまで市民を危険にさらす気はねえってか。じゃあ、そうだな……」

 リューンは首をひねる。

「食わしてくれ」

「軍資金の提供かね?」

「いや、そのまんまの意味だ。食料を寄越せ。地下農業プラントで生産した分の余剰品でいい。あとは非常備蓄の一部を開放して回せ」


 補給線の厳しさを現地調達で補ってきたが、それはそれでクルーへの負担が大きい。軽減するには安定した提供元が必要である。それをクルダスに求めようと考えた。弱みを見せる形にはなるが、ライマーなら逆手に取ったりはしないだろうと思えた。


「難しくない要求だね。検討の必要も無い。約束しよう」

「日用品もだ」

「食料はプラントの稼働率を上げれば新鮮なものを提供できるだろう。日用品も他の市から入ってくる物で賄える。随時クラフターで運ばせればいいかね?」


 交渉は良い結果を生んで、ライマーの求めてきた握手にリューンも応じる。その様子が撮影されていたところを見れば、公表するときの材料にするのだろうと思った。


(これでどんなもんだ?)

 エルシは市長に賛美を受けつつ満足そうだ。協定者としては合格点なのだろう。

(どうも俺をもっと大きな流れの中心に据えたい思いがありそうだからな。面倒な交渉事もやらせようとしやがる)

 ダイナやトルメア大統領への義理立てで思い付いた請願でも、長の付く立場であれば当たり前に考えねばならないことだ。引き出した成果は十分なのだろうと思う。


 肩の凝る席に閉口したリューンだった。


   ◇      ◇      ◇


「シャレード、万一のことを考えて逃げ出せる準備を整えておいてくれ」


 帰宅して開口一番にガラントは妻に告げた。最大限の努力はするが、王制府周辺の混乱具合とそれを直視しない閣僚たちの動向は予断を許さない。


「そこまで戦況は悪いの、あなた」

 シャレードは複雑な面持ちだ。笑顔で迎えたいがそれもできないと思ったか。

「戦況よりも情勢が良くない。分かるな?」

「それとなくは耳に届いてる。でも無理はしないで」

「ああ、心配するな」


 妻相手に気休めを口にするのは心苦しかった。

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