戦気眼VS戦気眼(7)

 停戦時のパイロットの行動も人それぞれである。

 集中を途切れさせないためにシートに着いたまま飲食を行う者、外に出てストレッチなどをしながら意識を保つ者。逆に完全に休息する者はキャットウォークで膝を抱えていたり、場合によっては大の字に寝転んでいたりもする。

 中には恐怖を紛らわせる目的で整備士と話し込む者もいれば、ささくれ立った精神状態のまま周囲に当たり散らす者も少数。もっともそんな輩は大概長生きはできない。


 バルカンファランクスの弾体ロッドを排出して、フランソワから受け取った新しいロッドを装填したリューンは彼女に礼を言ってからキャットウォークへと身を躍らせる。通路に入って10mほど進むと人工重力が働いて床へと足を降ろした。

 そのまま小走りで進み、昇降グリップを使って上のフロアに上がると艦橋ブリッジの中へと駆け込んだ。


「上手だったぞ。助かった」

 振り向くフィーナの金髪頭を抱き寄せて撫でる。

「んへへー」

「次はそれほど気にしなくていい。味方を巻き込まない程度だな」

 小首をかしげる妹に理由を説明する。

「見てれば分かる。動けなくなってっから」


 戦闘宙域の隙間を選んだり、少し外れた所に誘導したのはフィーナのナビゲーションに従ってである。クリスティンのほうにも似たような意図があって容易に進んだが、油断ならない相手を前に周囲をこまめに見回す度胸はない。


「どんな感じだ?」

 足に絡むペコを抱き上げて肩に乗せてから問う。

「ゼムナ軍は整然と撤収したわ。アルミナ軍は忙しない様子だったけど」

「増援来ねえと再編も難しいんじゃねえか。編隊構成もちぐはぐな感じだったぜ」

「軍として体裁を保つのが精一杯ってとこかしら。連合してなければもう潰走しているでしょうね」

 エルシの前のコンソールの端に尻を乗せる。リューンも戦闘の合間にどっしりと座るタイプではない。

「何とかなりそうかね、あのライナックの御曹司は?」

「何とかするって、爺さん。そのために色々と小細工してっからな」

 オルテシオ艦長にそう告げたあと声を抑える。

「今のままじゃ場を選ぶしかねえ。一対一に持ち込む状況作りをしなきゃなんねえがよ、それも対応してくるだろうぜ。連中に地力があるのは確かだかんな」

「すまんな、負担をかけて」

「いや、この情勢の原因は俺にもあっからな。気にすんな」


 リューンは艦長席のコンソールをパンパンと叩いてから腰を上げた。


   ◇      ◇      ◇


 昇降バケットの隅で丸くなって目を瞑っていたペルセイエンは顔を上げる。σシグマ・ルーンの通信機から搭乗準備を告げる司令が下ったからだ。敵軍に動きが見られたのだろう。


「いけそう、ペルセ」

 整備士と話していたミントも一度背伸びをしてコクピット内に戻ろうとしている。

「問題なし」

「集中切らしてないね。僕より器用だから心配してないけど」

「ミントものってる。ここは押すところ」

 視界内にアルミナ本星を置いての戦闘には大きな意味がある。このラインを割れば新しい局面を迎えるだろう。

「ダイナも大丈夫って言ってた」

「ぼかされちゃったけど勝算あるふうだったよね」

「ペルセたちは信じて戦うだけ」

 頷いて手を振ったミントはシートに座って後ろにスライドさせた。


 ドリンクをひと口含んでゆっくりと飲み下す。ペルセイエンのルーチンだ。

 オレンジの髪をヘルメットの中に収めながら少年が通路から飛び出してくる。整備班長のフランソワと手を打ち合わせると銀色のアームドスキンへ搭乗した。


(初めて会った時はただのやんちゃ坊主だったのに)

 少年は進化した。チームで戦うことを憶え、ときに馴染むように、ときに引っ張るようにして上手に連携するようになったと思う。

(それが今じゃみんなを導いている。主軸として全体を盛り上げる働きをする。英雄の血って騒ぐけどちょっと違うかな。たぶん彼はそういう星の下に生まれたんだ)

 性分として表には出さないが、彼女はわくわくしている。リューンがどこへ向かっているのかその先が知りたい。


 その心情に引かれるようにパシュランの背を追う。部隊回線ウインドウのフランチェスカと目配せを交わし、アルタミラが発進を急がせる指示を聞きながら甲板デッキのフットラッチに足を乗せる。加速に少しだけ眉を顰めて星の海に飛び込んだ。


「あ……」

 敵軍の様子が明らかに違う。前掛かりなくらいに感じていた威勢が消えていた。

「どうしたんだろう。なんか消極的じゃない?」

「チェスカも思う? 不気味な感じ」


 ゼムナ・アルミナ両軍が綺麗に連動しているのではない。変わらず右にゼムナ軍、左にアルミナ軍と陣取っているが、圧迫するが如く接近してこない。迎撃態勢だ。

 撃退すべき相手を前に、しかも数的優位性を持つ軍が静かな様子を見せると不安になる。不用意に突っ込めば罠が待っていそうに思えてならない。


「気にするなよ。動けないだけだ」

 ところがダイナは違う意見を持っているようだ。

「アルミナはここまで押し込まれて思い知っている。ゼムナは肝心要の旗頭を止められて不信感が芽生えているんだ。今まで通りの戦法が通用しないってね」

「そうだったんですか」

「それに陣形の一翼を担う狙撃部隊まで機能しなかったから?」

 彼女は側方へと回り込んでいた狙撃部隊の動きが鈍いのにも気付いた。

「その通りさ」


(負けたわけじゃないのに、染み付いている戦法が通用しなかったから動揺してる。ライナックが機能しなかったのは意図的だったみたいだけど、それがマイナスに働いた)


 ペルセイエンは後から効いてくるパンチの意味を知ることとなった。

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