戦気眼VS戦気眼(3)

 パイロットシートに身体を投げ出すとシリコンラバーベルトで固定する。σシグマ・ルーンを機体同調器シンクロンに接続したら、それまで飛び回っていた3Dアバター、ペスの姿は掻き消えて操縦モードに移行した。


「じゃあ、ペコは頼むぞ、エムス」

 大人しく抱かれているロボット犬をひと撫でして、見送りにきた王子に託す。

「うん、艦橋ブリッジに戻ってフィーナの傍で観戦してるよ」

「そうしとけ。忙しねえ連中だぜ」


 リューンが示唆したのはゼムナ・アルミナ連合軍である。一度後退し、二日で補給と再編を済ませたらしい艦隊はここを勝機とばかりに前進してきた。おそらく一気にジャンプグリッドまで押し返したいと思っているのだろう。


「彼らにすればワームホールを挟んでの対峙が理想でしょうね。アルミナはともかく、ゼムナ軍はその状況作りができれば交渉の余地が出てくると思っている節がありそうよ」

 最低限でも休戦状態を生み出さねば体裁が整わないとエルシは言う。

「子供のお使いじゃねえもんな。成果が欲しいんだろ。俺のことで対応に困っても、何もできないで戻れば立場がねえ」

「あの様子だと何も知らなかったみたいだし、本国の判断を仰ぎたいのかもしれなくてよ。まずは戻れるだけの理由を欲しているかもね」

「そうは問屋が卸さねえ。首突っ込んだだけの代償は払ってもらうぜ。こっちだって払ったんだ」


 リューンにもう自由はない。どこに行こうがライナックの名が付いて回る。何を望もうが周囲の人間はその行動に注目するし、それぞれの思惑で干渉もしてくるだろう。彼は自由を捨てて実利を取ったのだ。


「が、ちっとばかし心許ねえな。あれ・・はどうなってる?」

 シートをスライドさせる前にエルシに訊く。

「最終調整にもう少し時間が欲しいわ。の展開が不安定なの」

「咄嗟に使えりゃ十分だっつったろ?」

「私の沽券に関わるの。これ以上言わせないで」


 変なところで強情だ。ゼムナの遺志にも譲れないプライドがあるらしいがそれをここで口にはできないので失笑するに留める。


「早めに頼むぜ。相手が使えると、どうしても粗が目立っちまう」

「ええ、その代わりにもう一つの対策のほうはきちんとできてるから。後はあなた次第かしら?」

「やってみせるぜ。じゃあ、行ってくる」

 エムストリに親指を立てて見せる。

「いってらっしゃい!」

「ペコと良い子にしてろ」


 手を振る王子に外部スピーカーで呼び掛けてから、パルスジェットでパシュランを磁場カーテンの向こうへと飛ばせた。銀色のボディに星明りを映しながら、カタパルトで発進する僚機に、大出力の推進機ラウンダーテールを噴かして並ぶ。


(さーて、気合い入れて暴れるか)

 あの水色の機体のパイロット、クリスティン・ライナックは優男に見えて果断な一面を持っている。敵対するなら容赦しない軍人気質が身体に染み付いているのだろう。甘くみれば痛い目に遭うのは自身になってしまう。

(だがよ、揺さぶりには隙を見せそうな感じがしたな)

 狙い目ではある。やり方次第で五分以上に持ち込めるとオレンジ髪の少年は思っていた。


「フィーナ、居るか?」

 艦橋で把握している観測結果を聞く。

「居るよ、水色。航宙局への公式アナウンスも出た。ゼムナのエンブレムが出ている艦艇への接近を禁ず、だって。マスメディア向けだね」

「注意喚起か。それで?」

「アームドスキンデータも。接近戦もやる汎用機が『二―グレン』。狙撃特化型が『フェルデラン』。それと、あの黄緑と同じ型の機体が電子戦強化型で指揮官機の『オルドバン』。で、水色が『エクセリオン』みたい」


 フィーナが言ったように、これらのデータが公開されたのはメディア向けになる。民間報道が過熱して戦闘に影響するようでは困る。他国で活動中のゼムナ軍は事故を避けようと動くだろうし、事故が起きればアルミナ王国は責任を追及しなくてはならない。事前に情報公開がされていれば、あとは報道官の発表する映像に必要な説明を付け加えて報道できる。

 王室としてはメディアの報道は盛んであってほしい。同盟国の友軍の活躍は、市民に安心をもたらすとともに力を誇示するのにも役立つ。抑制しつつ、程よく盛り上げるのが肝要だ。


「ずらっと並べてきやがったな。ここはアームドスキンの見本市か?」

 ゼムナは売り手でもある。技術を広告する意図はあるだろう。

「層の厚さを見せて威圧するつもりもあるんじゃないかって艦長も言ってる」

「まあ、いい。鼻っ柱をへし折ってやりゃ、ちっとは大人しくなるだろ」

「頑張ってね、お兄ちゃん。こっちこっち」

 モニターに現れたナビゲーションに従ってパシュランをゼムナ軍側の戦列に向ける。


 盛り立てるように中央に位置する水色のアームドスキン『エクセリオン』の姿が見えた。ライナックに率いられるときの基本戦術なのだろう。史上最強の英雄の末裔、それも比類なき戦闘力の持ち主が前面に出て打ち崩しに来たとあっては、どこの軍でも攻めあぐねるに違いない。


(あからさまなのに攻め口に欠くのも違いねえな。奴一人ならどうにか相手してやれる。となれば……)

 リューンはバックウインドウを幾つか前に滑らせ周囲を確認する。アルタミラ機が行け行けとばかりに指差しているのが映った。

(気楽に言いやがる。だが、お前らにも働いてもらうぜ)


 追ってくるよう意思表示するようにイオンジェットを噴かしてみせた。

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