伝説の到来(5)
胸元に『XFi』のロゴの入ったスキンスーツをもらったエムストリは少し驚いていた。今回の出征時に軍が準備したスキンスーツは硬さが目立ち、動きづらいと感じていたのだ。
ところが
更に言えば、彼が今抱いているロボット犬『ペコ』も実に精巧にできている。外見は他のロボット犬と大きく違いはないのに、生きている犬と大差ない動作を当たり前にしている。
性格は飼い主であるリューンやフィーナに影響を受けているものの、かなり複雑な反応を見せてくる。そのうえ、合間に見せる仕草も多様。舌こそ付いていないが鼻をこすり付けつつ呼吸音を荒げたり、欠伸をしてみたり、身体を伸ばす動作も挟んでいる。外見を繕えば生きていると思ってしまうかもしれない。
それらを実現しているのが技術アドバイザーであり、剣王の武装全般を担っている美女、エルシ・フェトレルの手によるものだというのだ。
一部は鹵獲兵器でなく独自開発の兵装を保有しているとはガラントからも聞いていたが、ここまで本格的だとは思っていなかった。現実を目の当たりにしてみれば、アルミナ軍が如何に侮っていたかが実感できる。これはもう一国の軍を相手にすると考えていなければ苦戦も当然だろう。
「これも平和ボケなのかしらね」
その美女がダイナ・デズン将軍へと話し掛けている。
「大々的に出兵式の様子をローカルネットに流してくれるものだから、敵艦隊の規模が丸分かりだわ」
「仕方ないですよ、女史」
大概の者が敬意をこめてエルシを『女史』と呼ぶ。呼び捨てにしているのは兄妹を含め、一部の者に過ぎない。
「ああやって体裁を整えるのも彼らの務めです。王子殿下の奪還に即応して編成できる艦隊があると見せて、体制には余裕があると見せかけておかなきゃならない。王室も苦慮しているのでしょう」
エムストリの身柄について、
ただ、王制府側が公表をしたのだ。もしそれがゼフォーン側から公表されでもしたら国民に動揺が走ると危惧したからだと彼らは語っていた。それは一理あるとエムストリも納得する。
「わたくしからはアルミナ全土に向けて公表すべきだとご提案申し上げたのですが、人質を取るような真似は本意ではないと閣下がおっしゃられたので断念いたしましたの」
付き従う将軍補佐官のルテビアが主張すると、もう一人のキャサリンも追従する。
「さすがはダイナ閣下。懐がお広い」
「違うさ。あからさまに反感を買って、余計な刺激を与える必要はないと思ったんだ。暫定政府の姿勢を見せるためにも殿下を盾にするような戦い方はできないって」
「国際世論にもご配慮なさったのですわね」
おべんちゃらを並べているようでいて実は違う。二人の補佐官はダイナの思惑を周知するために、意図的に芝居じみた会話を展開しているのだ。これで彼の意図は伝わり、様々な手段を経て軍内部へと広まっていく。優秀な補佐官だと王子は思った。
「どう取り繕おうが、連中がこのベゼルドラナンを撃てなくなったのに変わりはねえ。立派な防壁じゃねえか」
リューンがエルシの隣のいつもの席に陣取っている。
「助かるぜ、エムス。俺の代わりに妹を守ってくれ」
「いいけど、それだと剣王が汚名を着ることになるよ。本当はぼくを守ってくれているのに」
「汚名なんて屁でもねえ。言いたい奴には言わしときゃいい。俺とフィーナが生き残るためなら何でもする」
口ではそう言うが、彼の立場を補強する方便なのは察せられる。
(ガラント、あなたは間違っていないよ。この人は本当に信用できる武人だもん)
エムストリは感じ入っているが、当のガラントが激怒しているところまでは想像が及んでいない。
「さて、そろそろ行かねえとなぁ」
オレンジ髪の戦士は立ち上がるとフィーナと彼の頭に手を置いてから歩み去っていく。
「いい子で留守番してろよ。悪いがお前らが喜ぶような土産は期待すんな。拾えるのは敵の悲鳴ぐれえだからな」
「もー、だからそんな悪役台詞ばっかり吐かないの。元気で帰ってきてくれればいいから」
「分かったって。間違っても頑張れとか言うなよ、エムス。懸かってんのはアルミナ国民の命だからな」
危うく口走ってしまいそうになるのを慌てて押さえる。
そうやってエムストリの心理的負担を和らげようとしてくれる。剣王の優しさは非常に分かりづらいが、間違いなく伝わってきていた。
(この戦争に意味はないんだ。今のゼフォーンに非はない)
彼は頼んで、数多くの動画や証言をエルシに見せてもらっている。近年のあの国は耐えがたきに耐えていたが、それにも限界があったと思えるものだった。
(事実上の独立を認めれば良かったのに、アルミナ政府が我を通そうとするばかりに戦争にまで発展してしまってる。四家は簡単に主張を曲げないだろうし、XFiも成果を得るまで止まらないよね。僕にできることはなんだろう?)
今は分からないが、彼らを見つめ続けることで何かが掴めるんじゃないかとエムストリは思っていた。
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