伝説の到来(4)
「予定通り、アルミナ軌道ポートに向かう。そこで補給を受けたのちにアルミナ軍艦隊と合流すべく戦闘宙域を目指す。全艦、第三戦速」
派遣艦隊は安全航宙速度から戦闘速度へと速力を増して移動を開始した。
(ゼフォーン解放軍とやらは戦局を見誤ったな)
副官イムニはそう考える。
(そこまで無茶をしなかったら、クリスティン様は仲裁も視野に入れていたものを。人質などという野蛮な手段を取ったばかりに、それは雲散霧消してしまっただろう。所詮は統制の利かない叛徒ということか)
敵手の運命は決まったようなものだ。
人類圏最強といわれるゼムナ軍が派遣を決めた段階で勝敗は決している。ゼフォーンに勝ち目はなかったのだ。そこへ当代最強の呼び声高いクリスティン・ライナックが加わっているのである。イムニは相手を憐れんでしまったほどだ。
(敵うはずもない。ライナックの名は子供でも知っている。英雄の系譜と聞いて勝てると思う愚か者などいない)
それは常識といっても差し支えないだろう。
始祖となるロイド・ライナックが歴史に姿を現したのは大戦前のこと。元からアームドスキンパイロットであった彼は優秀ではあっても有名ではなかったと伝えられている。
(それがゼムナの独立宣言から一変したと皆が語ったようです。つまり、ゴートの植民統治下で叛乱分子に対していた頃のロイド様は本気ではなかったということ)
三星連盟の植民地統治を良しとしていなかったのだと思われる。
(事実上、大戦に突入した頃からロイド様は率先して戦場を駆け、ゼムナ軍を導くかの如く活躍された。フェシュ星系へと軍を進めたゴートの猛攻を跳ね返したのもあの方の力あってだと言っても過言ではないでしょう)
現代のゼムナ国民が英雄視するのも当然な働きだ。
戦況は一進一退を繰り返しながらもゼムナ軍優勢に傾いていく。アルミナの参戦やガルドワの離反がゼムナ戦線のゴート軍を縮小させるのにも一役買った所為もあるだろう。ゼムナ軍の進撃は留まることを知らず、ウォノ星系へと戦場は移動していく。しかし、好事魔多しとはこの事だろう。
(ロイド様はゴート浄化作戦、本星への氷塊落としを敢行する最中に戦死なされてしまう。一時は戦線の縮小も論じられるほどの損失だったと今も伝えられています)
各地の戦況は泥沼化の様相を呈していたがその三年後、ロイドの息子ディオン・ライナックが忽然と姿を現したと言われる。
(この辺りの事実関係は、伝承に脚色が加えられていると思っていいでしょう。ディオン様は普通に軍学校にも属しておられた。それなりに優秀な成績を収められていたのが真実です)
イムニは軍学校在校時に資料を調べていた。ディオンは間違いなく優秀といえる成績を残していたのだ。
(しかし、常に一番ではなかったんですよね。戦略戦術講義や軍事技術講義、演習においてもいつもトップを逃していたようです。それ故に当時『セカンドディー』などという異名を持っていたと口伝した者もいるようです)
彼が徹底して調べた結果、そんな事実が浮かび上がってきたのだ。
必要と感じるときでなければ本気になれないのは家系かもしれない。それでも常に上位をキープするほど優秀だったのは否めない。
それは戦場で開花した。ディオン・ライナック参戦後の戦況の変化は著しい。僅か二年で軌道に基地を築いて抵抗を続けていたゴート軍を敗北に追いやると、彼は各地を転戦し始める。
(アルミナ戦線を一気に優勢へと導くと、バルキュラ軍政に対する反政府活動を続けていた市民活動勢力に加勢し、革命へと大きく踏み出す助力をなされた)
一角が瓦解した三星連盟は脆さを見せ始める。分断され連携を失うと継戦能力を失い、敗戦に継ぐ敗戦という状況に置かれる。
(そして、たった九年という短い期間で三星連盟体制を崩壊させるに至ったのです。その偉業はかの血筋が英雄の中の英雄だと印象付けるには十分過ぎると言えるでしょうね)
ライナックは人類圏に名を轟かせ、伝説と呼べるほどの存在へと登り詰めた。
当時は多くの協定者が存在した。ゼムナの遺志に選ばれた戦士たちが各地で活躍したのも間違いはない。しかし、コード『ラノス』の選んだライナックほど勇名を馳せた者は他に類を見ない。
だからこそゼムナ政府はかの血筋を篤く待遇し、政治分野でも助言を請うようになった。英雄の発言であれば、近隣諸国も一概に無視はできないという思惑も働いたことだろう。
(それでもディオン様は政治参画は頑なに拒まれたという)
そう伝えられているし、事実政治の場に彼の姿は無かった。
(今では子供向け
名前は模倣の末に『ディーン』と変えてあり、敵手を悪の組織然としたものに挿げ替えてあるが、それがディオンの偉業を讃えるものであるのに変わりはないとイムニは思っている。
その後、ディオンの子孫は政治にも意欲的に参入し、今ではゼムナ政府の中心にあるのは縁戚関係にある者が多く、議席の大多数を占めている。ゼムナは半ばライナックの王国と化していた。
(その中でもライナックの代名詞たる、最強の
そんなことを考えながらイムニは尊敬する上官の横顔を眺めていた。
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