伝説の到来(3)

 惑星ゼムナのあるフェシュ星系から惑星アルミナのあるブリッカス星系への直接のワームホールはない。ゆえにクリスティン・ライナック率いる派遣艦隊、旗艦ナーダハル以下十八隻は別星系を経由してブリッカス星系の第11ジャンプグリッドから通常時空間へと復帰した。


「へえ、この辺りの空間はずいぶんと晴れているんだね?」

 司令官席のクリスティンは、2D投映パネルに表示される数値を目にしながら感心する。

「当然でございます、閣下」

「そうなのかい?」

 多数の耳のある艦橋ブリッジでは非常に堅苦しい口調になっている副官イムニ・ブランコートに苦笑しつつ視線を送る。

「大戦時にアルミナ周辺ではあまり大きな戦闘が行われておりません。内軌道ではもう少し曇っているかと思われますが、基本的にブリッカス星系は晴れているところのほうが多いでしょう」

「主戦場はハルム星系のほうだったのか」


 彼らが言及しているのは天気のことではない。宇宙に天気の変化などない。通信を阻害するターナミストの濃度のことだ。

 戦闘によるターナ霧の散布が行われても惑星圏であれば重力に引かれて大地に落ち分解される。しかし、宇宙空間ではそうはいかない。

 星系内であれば様々な引力が作用し、物質はどこかに引っ張られているものだが、そこへ恒星からの宇宙線の放射による風が作用する。質量の小さい物質は引かれたり押されたりしながら漂い、長期間にわたって僅かずつ濃度を下げながら浮遊している。


 惑星ゼムナの宙域では三星連盟大戦時に苛烈な戦闘が行われた。それだけに、七十年以上が経過した今日こんにちも結構な濃度のターナ霧が残留していて電波を阻害している。

 それは最も激戦区だったゴートを擁するウォノ星系もそうだし、アルミナ戦線では主戦場になったゼフォーンを含むハルム星系でも同じである。

 ただ、ゼムナ戦線にも参戦して戦力が分散していた当時のゼフォーン軍はアルミナの一方的な宣戦布告により一気に攻め込まれた歴史を持つ。それ故にこのアルミナ周辺宙域は比較的ターナ霧の少ない、いわゆる晴れている状態だとイムニは説明してくれたのだった。


「我らがジャンプグリッドを通過したのは本星にも連絡が届いているはずです」

 ジャンプグリッドの警備要塞に通達をして素通りしている。

「こちらが予定の期日通りに到着しているのはあちらも把握しているでしょう。電波通信ではまだかなりのタイムラグが発生する距離ではありますが、何らかの連絡があってしかるべきと思われます。ですが……」

「無いね。どうしたものかな?」

「情勢が変化しているとは聞いております。進発時の予定では、合同でハルム星系側のジャンプグリッド警備要塞の奪還作戦を行ってからゼフォーンの叛乱軍の鎮圧に入る方向で検討しておりました」

 艦橋クルーにも周知するように副官が説明する。

「叛乱軍と呼んでは駄目だよ、イムニ。アルミナでは単なる逆賊、抵抗組織のままという定義のはずだ」

「そういった驕りが現状を招いていると考えますが、今は置いておきましょう。第5ジャンプグリッドが敵の手に落ちたところまでは報告をいただいています。このまま奪還作戦に動いているであろう部隊と合流する方向に変えますか?」


 この辺りが判断に困るところだとイムニも思っているのだろう。派遣艦隊の中には、他国の争乱に加担して無駄に危険を背負う必要を感じておらず、出来る限り早く家族の元へ戻りたいと思っている者も居よう。かたや、こうして派遣された以上はゼムナ軍の威信にかけて、粛々と当初の目的を達するべく準備を整えるべきだと考えている者も必ず居る。


「当面は予定通りアルミナ本星の軌道ポートで補給を受けよう。将兵も遠征で疲れているんだからな」

 クリスティンは断言する。一部からは安堵の息が漏れるのが聞こえた。

「仰せのままに」

「無理はやめようじゃないか。先方の都合もあるだろう。補給地で方針確認の時間を取ろうと思っているからさ」


 司令官が判断を下したところで通信が入る。相手はアルミナ政府ではなく軍関係者だ。階級はさほど高くないが、重要な家名を持つものだけにクリスティンに繋げられる。


「初めてお目にかかる。ガラント・ジームと申します」

 壮年の軍人が敬礼を送ってくる。

「ジーム家のお方にも軍人がおられたのですね? 私がクリスティン・ライナックです」

「少々無理を押して連絡させていただいております。応じてくださったこと、感謝に堪えません」

「いえ、遠慮なくどうぞ。要件をお聞きしましょう」

 相手は頭を深く下げると話し始める。

「自分はこれより出航いたします。というのも我らの未来、王子殿下が敵の手に落ちたからに他なりません」

「は?」


 ガラントが告げるに、軍に同行して兵を鼓舞していた王子エムストリが戦場で略取され、敵の捕虜になっているというのだ。アルミナ軍は急ぎ編成した艦隊で奪還作戦に向かうところだという。


「貴艦隊はそのまま補給地へとお向かいください。自分からお願いしたいのは、我らに万が一のことがあった時。その時はどうか、英雄の系譜に連なる閣下の御尽力をいただきたいと伏してお願いする次第にございます」

 どうやら悲壮な覚悟で敵と対するつもりらしい。クリスティンの顔も引き締まる。

「まずは武運を祈ります。私も必ずや貴官とともに戦うべく戦地に向かうことでしょう」

「お言葉、感謝いたします。これで何の憂いなく戦えましょう」

 恭しく頭を垂れた軍人は画面の向こうに消える。


 微笑みを忘れたクリスティンは戦士の面持ちで断を下した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る