伝説の到来(2)

 アルミナ王子エムストリは、戦艦ベゼルドラナンから勝手に出ることは叶わなくとも自由に行動している。それは名目上囚われの身になってすぐに、剣王の二つ名を持つリューンが宣言をしたからだ。


『王子の身は俺の保護下にする。手出しは無用。勝手に何かしやがらったらただじゃおかねえ』


 ゼフォーン解放軍XFi内部で特に肩書を持たない彼なのに、その言葉は絶大な抗力を持っている。事実上、剣王が軍最強のパイロットであり、これまでの解放活動及び、これからの独立運動においてその存在無しでは考えられないのは誰もが認めるものだからである。リューンはその力のみで組織の中で頭角を現したのだ。


 その在りようはエムストリをワクワクさせる。物語の英雄や、成功者の立志伝を連想させるからだ。

 本人にそう伝えると良い顔をしない。鼻で嗤って「そんな上等なもんじゃねえ」と切り捨てる。だが、王子にとっては憧れを抱くに値する成果を上げている。

 そして、そんな乱暴な言葉遣いに見合わず優しい。エムストリの難しい立場と心の内を読み取るかのように接してくれる。傾倒するのに時間は必要なかった。


「もうアルミナが見える?」

 艦隊はゆったりと本星に向けて進撃している。

「まだ豆粒ほどじゃねえか?」

「見るのは久しぶりなんでしょ?」

「まあな。あんな茶色い惑星ほしに未練があるわけじゃねえがよ」


 驚いたことに剣王はアルミナ出身者だった。誰に聞いても理由は判然とせず、なぜ出ていかざるを得なかったのかは窺い知れないが、彼は追われる身らしい。

 行き場を見失っているのは自分ともラップして思えるのにも関わらず、リューンは確固たる己を持っていて揺るがない。そんなふうになりたいと願ってやまない。


「お疲れさん。なあ、見えたか?」

 艦橋ブリッジに到着し、剣王が尋ねると金髪をサイドテールにしている少女が応じる。

「見えたよ、まだちっちゃいけど」

「おー、ほんとだ」

「少しはマシな面が見えてるほうじゃないかしら?」

 彼らの前に望遠画像の2Dパネルを滑らせてくれたのはダークブロンドの美女だろう。

「王都ウルリッカのある北ソネム大陸が見えてるもの」

「ソネム海が見えるな。確かにちっとは見栄えがいい」

「剣王はクルダスに住んでたんだっけ?」

 エムストリはそう聞いている。

「ああ、あのちっぽけな水溜まりに浮いてるパキラント大陸の都市だ」

「んー、海の少ない地方だもんね」


 惑星アルミナは水資源にも乏しい。高層のジェット気流がかなり速いお陰で内陸まで雨に恵まれていて生活水に困窮することはないが、植物相が分布するのは河川、とりわけ大河付近に集中してしまっている。

 地下水を利用して都市周辺だけは緑地帯を作っているが、全体に茶けているのは否めない。現代技術で砂漠化は押し留めているものの、荒野の占める割合が多い所為だ。


「帰りてえか?」

 リューンが問い掛けてくる。彼の目に望郷の念でも見たのだろうか?

「帰りたくないって言ったら嘘だもんね。会いたい人もいるし。でも、今は会いたくない人もあそこだから」

「会いたくない奴か。お前は俺より大人だよな。俺だったら生まれてから死ぬまで利用されるだけの人生なんて御免こうむるぜ」

「生活には苦労しなくても?」

 少し意地悪な質問を返す。

自動調理器マルチクッカーに材料を放り込んどけばパンは焼ける。が、手間暇かけて自分で焼いたパンは遥かに美味い。欲しいもんは手を伸ばさなきゃ掴めねえ」

「やっぱり剣王のほうが大人だよ」

「歳を食えば生き方に自信が付くわけじゃねえよ。要は覚悟だ」


 自分から動かなければ欲しいものは手に入らないと教えられる。踏み出す勇気と力は大人になれば身に着くものではないとも諭される。

 エムストリはあと六年、リューンの歳になった時に同じ事が言えるとは思えない。ただ、彼の傍ならもっと成長できると思う。


「悪いが、まだ帰してやるわけにもいかねえしな」

 見上げると、頭に手を置かれる。

「利用価値があるから?」

「いや、面倒だからだ。帰したところで、あの傀儡王と四家の権力亡者どもがいる限り、どうせ同じことの繰り返しになるだろうが。また敵だらけの場所まで潜り込んで連れ出しに行くのは敵わねえ」

「見捨てるって選択肢は無いんだ」


 リューンは鼻を鳴らして肩を竦める。何度でも同じ判断しかしないという意味だろう。それが嬉しくて自然と笑顔になる。


「試しても無理だよぉ? お兄ちゃんは頑固だもん」

 後ろからふわりと抱かれる。

「嬉しいけど、なりふり構っていられない状況なんじゃないかな」

「使えるのなら使えばいいって? そのくらいの覚悟はあるって言いたいんだ。偉い偉い」

 頭を撫でられる。


 フィーナの双丘を背中に感じている所為もあって、頬が紅潮する。優しい口調に心動かされるが、気恥ずかしさのほうが先に立つ。


「子供扱いしないでよ」

「子供だもん。君もわたしもまだ、ね?」

 リューンに任せておけばいいと言いたいのだろう。

「そうやって弟妹がいないフィーナの庇護欲を満足させていろ。ここにいる限りは俺様が絶対に守ってやる」


 そう言う剣王はエルシに、大きいほうの弟だと思われているんじゃないかと揶揄からかわれている。さすがの彼もこの美女に掛かれば形無しらしい。艦橋に笑い声があふれている。


 戦場に在って、王制府より居心地が良いのが不思議でならない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る