第十一話

伝説の到来(1)

「捕虜……」

 ガラント・ジームは愕然として言葉を失う。


 有ってはならない事態が生じてしまった。まさかという状況になってしまった。しかも、それを拝謁した国王メルクード・ヴィー・アルミナ自身から告げられている。

 何もかもが未曽有の事態。それが彼を固まらせてしまう。一瞬、意識が飛びかけたほどの驚きだ。そこが王制府、市井の者が城と呼ぶ場所でなければ危うかったかもしれない。


「なぜに……」

 一介の軍属では望むべくもなく、彼がジーム家の一員で王子エムストリと懇意にしていたからこそ、その場を許されている。

「叛徒討伐に差し向けた司令官は、後退を提案したそうだがエムストリがそれを許さなかったと言っておるぞ」

「そんな訳がありません。危急の折りにはすぐさま撤退を命じるよう殿下には申し上げておいたのですから」

 国王は鼻を鳴らす。甘やかしていると思ったのだろうか?

「その者が保身に偽りを申し上げているかと思われます」

「うーむ、罰しようにも既にキオーが軍事監獄に放り込んでしもうたわ。今更追及もあるまい」


(先手を打たれた。余計なことをしゃべらせない気だな)

 国防大臣キオー・ダエヌの仕業だ。

(責任を全て被せて切り捨てたか。奴のやりそうなことだ)

 追及のために面会をしようにも、もう許可が下りないだろう。不都合な真実は闇の中に葬られる。


「して、どうなされますので?」

 真意を問う。

「救出の算段も国防相閣下にお任せなのですか?」

「うむ。しかし、難しいと言っておる。叛徒どもの中に工作員を入れてない故、王子がどのような状況にあるのか分からんのだそうだ」

「これから潜入させるのも不可能でしょうな」


(そこからして怠慢だ。このような事態に陥るなど欠片も思っていなかった証明だぞ)

 元は結束力の高い抵抗組織ではあるが、普通は何らかの手段を講じておくものだ。この体たらくでは内部工作による離間策も採れないだろう。

(ろくに力も無いものと嘗めて掛かっていたのだな。正面から当たって負けるはずがないと。愚かにもほどがある)

 戦勝国の驕りのツケを払う時が来ているようだった。


「陛下、このうえは交換交渉をすべきかと愚考いたします」

 任せておけず具申する。

「交換交渉だと? 叛徒どもとか?」

「これまでも捕虜交換を行っておりました。話の通じない相手ではございません。金銭での交渉でも構わないかと思われます」

「彼奴らに金を与えよと申すか?」

 眉根に皺を寄せる。沽券に関わると感じているのだろう。

「あれも覚悟の上で戦地へと赴いたのだ。そんな恥辱は本意ではあるまい」


(何を言っている?)

 ガラントはかろうじて叫びを堪える。

(無理矢理前に押し出されて、恐怖に押し潰されそうになりながら戦艦に足を掛けられたに決まっている。どこにも覚悟など有るものか)

 四家の言いなりに操られるメルクードの意識は現状を正しく把握できていない。


「それにエムストリは凶悪なる逆賊『剣王』なる者に奪われていったのだそうだ。余が下手に出て交渉の席を願った挙句に、王子の遺体だけを返してもらったでは世の笑い者になってしまうではないか」

 国王の中に苛々が募っているのが感じられる。

「タージェリカなど泣きわめいて、うるさくてかなわんのだ」

「王妃殿下の心中、お察し申し上げます。ですが叛徒とはいえ、捕虜の扱いくらい弁えておりますとも。そう悲観されることもなかろうかと思います」

 自分の裁定の結果だというのに他人事だ。国民のためにと涙を飲んで出征した王子は報われない。

「では、せめて次の編成にはわたくしめも加えてください」

「無論だ。そなたならばエムストリを取り返してきてくれるものと信じておるぞ」


 メルクードは軍の失態を散々愚痴って、自分に責は無いと信じ込ませるように言葉を弄しているが、ガラントは聞き流している。既に意識は戦場へと向いているからだ。


(こんな王ではアルミナの未来はない。やはりエムストリ殿下を失えばこの国は衰退の目しかないぞ)

 真に国と国民のことを考えているのは、あの幼い身の内だけ。

(戦士の魂を持つものと見込んでいたのに、十一の王子を人質に取るとは見損なったぞ、リューン・バレル!)


 王制府の廊下を歩む壮年の武人の瞳に闘志が燃え上がっていた。


   ◇      ◇      ◇


 不意に心細くなって、そっと手を伸ばす。触れた手の感触は硬い。指の付け根や関節の辺り、親指の股から手の平を横切るところの皮は厚く硬くなってしまっている。

 剣を振るう者がそんな手をしているのではないかと思う。ただ、それは剣だこではなく「グリップだこ」というのが正しいのだろう。その手の持ち主はアームドスキンパイロットなのだから。


 初めて見た時はそのオレンジ色の髪や鋭い目つき、引き結んだ口元が怖ろしいとエムストリは感じたものだ。今になってはなぜそんなふうに思ったのか信じられない。

 生来のものだという髪は、赤みの非常に強いストロベリーブロンド。戦場を離れてもあまり緩んだりしない面ではあるが、精悍な顔立ちは整っている。

 その顔も彼へと振り返った時には少しほころび、薄茶色の瞳には優しい光が宿っていた。


「どうした、エムス?」

「なんでもないよ、剣王」


 柔らかく握り返してくれる手は本当に温かかった。

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