アルミナ侵攻(6)

 フィーナのメッセージの影響は思ったより遥かに顕著に表れた。翌日には各種メディアに取り上げられ、二日後には特集が組まれるほどであった。

 それらの番組は、一年半前の出来事を振り返るとともに現在へと繋げる一般的な手法を用いられている。その中で関係者への取材が主体になるのも当然だった。


『メッセージを受け取られたのは昨日のことなのですね?』

 立体ソリッドTVでカメラを向けられた少女は個人が特定できないような処理を施されてインタビューに答えている。

『はい、夕方近くでした』

『お友達だったフィーナ・バレルさんが容疑者に誘拐されてもう一年半になります。その間にこういったことは?』

『ありませんでした。初めてです』

 彼女の声は悲しみからか震えている。


「誰だか分かるか?」

 リューンに問われる。

「うん。たぶん、ジェニー」

「本物か……」


 番組はフレニオン通信を使った番組として人類圏へと流されている。兄はそこに思惑を感じているようだが、フィーナは気が気ではない。


『では、フィーナさんが現在どういった境遇に置かれているかはご存じではないのですね?』

 インタビュアーの女性は、それが義務であるかのように遠慮無く踏み込んでいく。

『知りません。でも、無事だと知ってホッとしています』

『お察しします。彼女が拉致されたのはゼフォーンのテロリスト。どんな処遇を受けるか分かりませんものね』

『怖い目に遭っていないかとかいろいろ想像しましたけど、私には現地の状況が良く分からなくて……』

 論調に戸惑いを覚えているようだ。

『同級生だったフィーナさんが野蛮な集団の中に放り出されたわけですから、彼女がどんな仕打ちを受けているかは怖ろしくて想像もできないでしょう』

『……そうなのでしょうか?』

『あなたもこんな非道が許されてよいとは思わないでしょう?』

 インタビュアーは訴え掛けるように怒りの表情でカメラを見る。


「誘導されてるな」

 兄は肩を竦める。

「こいつらは政府の飼い犬みたいなもんだ。王室の意向に沿った報道しかしねえよ。まずはゼフォーンを絶対悪として話を進める気しかねえ」

「相手はプロ。この年の頃の少女では太刀打ちできないでしょうね」

「本当のことは言えてないのかな?」

 エルシもリューンの肩を持つということは事実なのだろう。


『皆さん、よく考えてみてください!』

 憤懣やるかたないという様子を演じている。

『なぜ彼女は連れ去られなくてはならなかったのでしょうか? もしかしてリューン・バレル容疑者は組織内で地位を確保するために妹であるフィーナさんを差し出したのかもしれません。だとすれば彼女は今何をさせられているのでしょう? 同じ女の身であるわたくしの口からは何も言えません!』

 悔しさを表すように俯く女性インタビュアー。

『この「今までありがとう。バイバイ」というメッセージは、フィーナさんが自分の人生を諦めて送った最後の言葉なのかもしれません!』


「諦めたのか?」

「普通の人生は諦めたよ。でも、おおむね希望通りのことをしているつもりなんだけど」

 あまりに実態と違う意見に、フィーナも鼻白んでしまう。


『ゼフォーンは今、武装組織に占領されています。我が国の治安維持軍は苛烈な活動に勇気を持って立ち向かっていきましたが、戦闘が激化するに従い民間人への被害が無視できなくなり、後退を余儀なくされてしまいました』

 悲痛な表情で訴え続ける。

『現状を憂いた国王陛下は、軍を撤収させることで民間人の命を守ろうとなさったのです。その厚き御恩情にもかかわらず、増長した武装組織はこのアルミナへも抗争の手を伸ばしつつあるのです』


「こっちではそんなふうに言われてるの?」

「らしいぜ。なかなか笑わしてくれるだろ?」

「自国内まで情報統制するとかどうなんだろうね」

 笑いには苦みも混じってしまう。


『今こそ立ち上がる時です! 陛下は我ら国民へ戦火が及ぶことを絶対にお許しにならないでしょう!』

 ひどくオーバーなジェスチャーが混じり始める。

『アルミナ軍は正義を胸に、再びゼフォーンへとその鉄槌を下すはず! 国民の皆さん、彼らが勇気持って戦いの地に赴けるよう大きな声援を送りましょう! それが力となり、必ずや正義は実行される時が来ます! 勝利と正義は我らの手に!』

 それで番組は終了した。


 女性インタビュアーの後ろでフィーナの友人が何かを訴えていたような気がするが、その声は何一つ放送には乗っていなかった。彼女が一番聞きたかった言葉だったのに。


「このジェニーってのがそうだとは言わねえ」

 リューンが切り出す。

「だがよ、お前がそれぞれ個人宛てに送ったはずのメッセージがこうして大々的に扱われてる。つまりはマスコミに持ち込んだ奴がいるってことだ」

「うん、分かる」

「あそこは俺たちが育った所だ。だからって知り合い相手でも全面的に信用するな。これをやっちまうのが人間ってやつだ。憶えとけ」

 兄の言葉は事実だろう。今の立場の自分が身を守ろうと思えば、信用する人間は選ばなくてはならない。

「俺たちが飛び込んだのはそういう場所だ」

「ちょっとつらいけど……、うん」


 慰めるように背中に置かれた手は温かい。フィーナはそれを支えに生きていられると思った。

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