アルミナ侵攻(7)

 いつ訪れてもその一室は緑が豊かだ。要望に合わせて多くの観葉植物が置かれていて落ち着いた雰囲気を持っている。

 なのに今日、ガラントが出向くと、その部屋の主は憂いを含んだ面持ちで俯いていた。


「どうかなされましたか、殿下?」

 物思いに沈んでいたのか、少年は弾けるように顔を上げた。

「呼び出したりしてごめん」

「お気になさらず。お召しであればいつでも参上します。戦場に身を置いているときでなければ」

「うん、今度の出征にガラントの名前は入っていなかったものね」


 エムストリ王子が言及した出征とは第5ジャンプグリッド奪還作戦のことだろう。ガラントは招集を受けていなかった。


「あんまり我儘は言いたくないけど、ちょっと心細いな」

 王子は力無い声でこぼす。

「ええ、だから私はこの王都ウルリッカを離れず、殿下をお守りできますぞ?」

「違うんだ。今度の作戦にはぼくも参加することになってる。一応、王子として親征って形式で観戦するだけだけどね」

「……は? なんですと!?」


 寝耳に水だった。何一つ知らされていない。

 軍の行動を逐一把握しているわけではないが、或る程度の情報は耳に入ってきてもいい立場だ。それなのにこんな重大事を知らされていないのが意外でならない。


「く……、御前会議の決定か。我らが筆頭当主殿は何をやっている。幼き王子を戦場に引っ張り出すだと?」

 怒りに奥歯が軋みをあげる。

「拒否なさるべきです、殿下。御身が赴かれる必要など欠片もございません」

「役に立たないのは分かってるよ」

 エムストリは自嘲する。

「でも、力付けるくらいのことはできるよね。父王陛下のご裁定だし」

「メルクード陛下がご自分から提案なさったりはしないはずです。そんなことを言いだすとしたらダエヌの狸めか?」

「いいんだ。危急の際なんだから、こんなぼくでも兵士の鼓舞ならできる。国民のためにやれることがあるなら頑張りたいと思ってるよ」


 けなげな少年の心意気は買いたい。だが、ガラントが必要無いと言ったのは、まだ時期ではないからだ。

 若過ぎるという意味ではない。いましばらく待てば援軍が到着する。その時なら格を合わせるのに王子の出陣も考えられなくもない。より安全な状況になるし、彼とてその時は出撃すると決めていたからだ。


「お待ちを。すぐに出撃準備を整え、編成に割り込ませていただきますゆえ」

 少々荒っぽい処理になろうとも作戦に参加する気だった。

「無理だよ。出陣は明日なんだ。もう編成も済んでる」

「なぜに、殿下?」

「伝えなかったんだよ。きっとそう言うと思って」

 エムストリは彼を見上げる。

「帰って間がないじゃないか。シャレードもあなたを待ち侘びていただろうし、ミヨンも甘えたいんじゃない? リナなんてまだガラントが父親だって分かってないんじゃないかな?」

「家族のことはいいんです!」

「良くないよ! 王族とは違うんだから、家族までないがしろになんてしなくていい!」


 力強く腕を握られる。彼の家族を自分と同じ境遇に置きたくないという気遣いだろう。


「ごめんね。本当は言わずに行くつもりだったのに、いざとなったら怖くなっちゃって相談せずにいられなくて……」

 握る手が震えている。本当に恐ろしいのだろう。

「当然にございます。本来ならきちんと訓練を受けた者のみが赴くべき場所。戦場とはそういうところなのです」

「ありがとう。ちょっと落ち着いてきたよ。もう大丈夫。艦隊の指揮官だってぼくを前に立たせるはずなんてないもの。一番後ろで眺めていればいいんだ、きっと」

「その通りでしょうが、何が起こるか分からないのが戦場。僅かでも危険を感じたらすぐに軍をお退きください。殿下が強く命じられれば、逆らえる者などおりません。決してご無理なさいませんよう」

 跪いたガラントは視線の高さを合わせ、勇気付けるように両手を握る。


 エムストリの顔に微笑みが戻ってきたのは喜ばしい限りだ。それがガラントの言葉によるのならば光栄なこと。

 それでも無理を押しているのは間違いない。好んで戦場に足を向けるような性格ではないのだ。現実を知った時に怯える王子の様子が容易に想像できてしまう。


「ご安心召され。ゼフォーン解放軍XFiを名乗る者らだとて元は抵抗組織で現状は烏合の衆。勝手知らぬ星系で、一気にアルミナ本星に迫るだけの軍事行動は無理と存じます。所詮は前哨戦。どうか心安らかに」

 どこまで信じられるかは分からないが、ガラントは王子を宥める。

「指揮官たちは殲滅してやるとか意気軒高だったけど、戦争なんだからそんなに簡単じゃないよね? うん、心配はしてない。今度はあなたが戦うのを応援したいと思ってるよ」

「ありがたきお言葉」

 彼はエムストリが穏やかでいられる材料を列挙してから、きちんと休むよう申し添えて部屋をあとにした。


(キオー・ダエヌめ。やってくれたな)

 廊下を歩くガラントの表情は一変し、鬼の形相だ。

(これ以上の王族軽視は見過ごせん! とはいえ今の私では力足らず。筆頭当主殿も当てにはならん)

 それでも一つ当てがある。

(援軍となるゼムナ軍の司令官殿は清廉の士と聞く。お戻りになったらともに出向き、四家の暴走を諫めてくださるよう訴えよう。あの一族の言葉なら奴らとて無視などできまい)


 だが、その願いが叶わないとは、ガラントには知る由もなかった。

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