アルミナ侵攻(5)

 休憩明けのフィーナは艦橋ブリッジに入るとオペレータ卓へと向かう。ブリッカス星系での活動中はアルミナ時間の昼間に関してのみ二交代制で艦橋詰めになることが決まっていた。


「ハーンさん、変わります」

「すまない。じゃあ、休ませてもらうな」


 本職のハーン・ジーケットは、少女に当直をさせるのを申し訳なく感じているのだろう。有事対応で特にすることのないオペレータなのだから、彼が十二時間詰めでも当然だと思っているきらいがある。


「いいんですよ。休めない時は全然休めないんですもん」

「そうだな。体力を蓄えておくのも務めか」

 彼女に説得され、苦笑いで去っていった。


 フィーナにしてみれば艦橋ブリッジ当直は苦ではない。見回せば、やはり兄の姿は旧艦長席にある。

 エルシと相談をしているのを除けば、いつもなら何か考え事をして宙を睨んでいるか、欠伸をしているか寝ているかのどちらかのリューンなのに、今日は珍しく2D投映コンソールを立ち上げて調べ物をしているようだった。


「何してるの?」

 卓に着いている必要のない彼女はすぐに横に割り込み覗き込んだ。

「あー、エルシにアルミナのローカルネットに繋いでもらったからよー、こっちで俺がどういう扱いになってるか見とこうかと思ってな」

「情報収集のついでだから気にしなくてもよくてよ。まあ、あまり愉快なものではないと思うけれど」

 彼女はチェック済みらしい。


 フレニオン超光速通信を用いたグローバルネットワークならばゼフォーンでも簡単に繋げられるが、電波を用いたローカルネットワークは星系内でないと繋げられない。それも第5ジャンプグリッド近傍の位置だとターナミストの所為で不安定かつ重たい。

 それでも、民間の率直な情報とかとなると、グローバルネットには乗ってこないのが実際のところ。表に出すものには多少はフィルターが掛かっているのは常識といえよう。


「だろうなー。……っと、そう来たか。なるほどな」

「えー、わたしってそんな扱い!?」


『ゼフォーンのテロ組織のスパイである疑いがあり「リューン・バレル」を容疑者として手配する。また、妹である「フィーナ・バレル」略取容疑もあり、彼女は見つけ次第保護の必要あり。以上』

 顔画像付きの手配書にはそう記されている。


「なんで? わたしもスパイだったとか、付いていったって可能性は?」

 まるで扱いが違うのには納得できない。

「簡単な話だ。俺を押さえるのにはお前の身柄を確保するのが一番近道。そのためには危害を加えても許されるような情報は出していないって寸法だろ」

「そういった思惑の手配書でしょうね」

 エルシも同意している。

「ぶー! 面白くない!」

「なんでだよ。お前は犯罪者扱いされてねえんだぜ?」

「これ見た限りだと兄妹仲が悪いって言われてるみたいなんだもん!」

 論点がツボに入ったか、リューンは爆笑している。


 日付は一年半前の当時のものになっているので、その前後の話題を調べてみる。やはり二人が住んでいたクルダスでは相当なニュースになっていた。街中に軍用アームドスキンまで乗り込ませての逃走劇だったとされていて、そこで出た被害を当局は謝罪するとともに、容疑者の凶悪性を煽るような文言が連ねられていた。


「操作されてるな」

「当然でしょうね」

 兄とエルシは平然としているが、フィーナは膨れっ面になっている。

「こんなの変!」

「そんなもんだって」

「おかしいもん!」


 関連するニュースへと手を広げていき、紐付けられている動画類がいくつか見つかる。それらを開いていく。


『近所付き合いはあまり無かったみたいですよ。見た目があんなだったし』

 インタビュー画像内の女性は証言する。

『バイクを乗り回して迷惑だったんだけど、わたしらも怖かったんで何も言えませんでした』


『一般人とは思えなかったね。あの目付きは普通じゃない』


『フィーナ、どうなっちゃうんだろう? お兄さんですか? 怖かったですよ』


『ほとんどお店には出ていませんでした。だから何している人だか分からなくって』


『大変だったみたいです。兄妹二人だから仕方なかったんじゃないかな?』


 フィーナは驚愕する。どうやって調べたのかインタビューを受けた中には彼女の友人も混じっていて、リューンを批判するような証言をしていたからだ。

 自分たちの身の上はちゃんと説明していて、兄の努力や彼女がどう思っているかは伝わっているものだと信じていたのに、友人たちは反するような意見を持っていたようだった。


「俺は完全にスパイ扱いだぜ。傑作だな」

 リューンは何も感じていないのか馬鹿笑いしている。

「本当にスパイならそんなに目立つかよ。むしろ真っ当な生活してる振りして、近所付き合いだってするに決まってんだろ。そのほうが情報が拾いやすいじゃねえか」

「そうだの。そもそもお前さんは全く以ってスパイ向きじゃない性格じゃからのぅ。とんだ笑い話じゃ」


 オルテシオ艦長も場の空気を和ませるよう誘導する。艦橋クルーも一様に肩を震わせ、中には吹き出す者もいた。


「フィーナ、いらっしゃい」

 それどころでない彼女の様子を察してエルシが手招きする。

「連絡先が残っているならメッセージくらい送れるわ。返信を受け取れるようなものじゃなくても良ければだけど」

「うん、ありがとう」


 かなり悩んだ。怒りを伝えるべきか、それとも悲しみを訴えるべきか。友人だと思っていたのにこの仕打ちは何だろうと苦しくて、心は千々に乱れたままだ。


 そして、フィーナは短文を送るだけにした。「今までありがとう。バイバイ」と。

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