独立と外交(6)

 ここは惑星ゼムナの首都ポレオン。景観を重視して高層建築の少ない現代においても、高い機能性を必要とする首都となれば相当数のビルが建ち並ぶことになる。

 イムニ・ブランコートはその景色が嫌いではない。彼と直属の上官が拠り所とするアームドスキンに通じる機能美が感じられるからだ。今のように夜が迫り、各所に照明が灯り始めるとその美しさはより映える。


 物思いにふける上官の向こうに広がる風景にそんな感慨を抱きつつ、イムニは2D情報パネルに映し出されている要請書に視線を送る。その内容を吟味している方は、この惑星ゼムナでは尊敬を集め大変に人気のある人物だ。


「要請にお応えになるつもりですか?」

 副官である彼ならばこそ質問も許される。

「同盟国からの応援要請だしな。無視するのは体裁が悪い」

「何か理由を作れば断るのも難しくないと思われますが」

「そう言わないでくれ。私もここで椅子を温めるのには飽きてきた」

 微笑とともに冗談を交えてくる。


 上官の名前はクリスティン・ライナック。解放の英雄ライナックの系譜に連なる人物である。ゼムナ軍に属し、一冠宙士の階級を持つ。

 細いおとがいに流麗な鼻梁。切れ長の目には琥珀色の瞳が輝いている。色の薄い唇は穏やかな曲線を描き、僅かに鋭さを感じさせる面持ちも今は涼やかな微笑に彩られていた。


(この方は何を求めていらっしゃるのだろう?)

 何かに熱くなっている様子をほとんど見たことがない。

(これだけの美形。年齢を問わずに人気があって、多くの女性に想いを寄せられているというのに浮いた噂を聞かない。自分が控えていても女性の影さえ見つけられない)

 興味がないわけでもないと思う。優しく穏やかに接し、配慮は欠かさない。だから相手も夢中になってしまう。

(なのに情熱を感じさせることもない)

 橋渡しを願われることも少なくないがイムニは断り続けている。それが影響しているとも思えない。


 他のライナックとは格が違う。二十四歳であるクリスティンと同年代でも、縁戚関係で英雄ライナックの名を得た家の若者は放蕩三昧である。やはり直系の血を持つ方は高潔さも受け継いでいるのではないかとも思えてくる。


 そんなふうに考えるイムニにも彼に対する憧れがある。

 二十三の若さで一杖宙士に任じられるほどの演習成績を収めているのは伊達ではない。同期のパイロットに負けたことなど一度もないし、己が技量に自信がある。

 柔らかくうねる茶色の髪に碧い瞳。クリスティンのような涼やかさはないが精悍といえる顔立ちをしていると思う。彼とて正直に言って女性にはモテる。

 それでもこのライナックの御曹司にはパイロットとしても男としても敵わないと感じる。つい真似をして女性とも距離を置いてしまうのだ。


「あなた様が本星を離れると寂しがる方が大勢おられるでしょうに」

 彼も冗談で返す。

「それは君だって同じだろう? 少女たちの視線を奪われるのはなかなかにつらいんだぞ?」

「まさか」

 二人は小さく笑い合う。

「冗談はさておきアルミナの情勢、お聞き及びになっておられるのでしょう?」

「一応はな。報告書にも目を通している」

「自分は心配しているのです。あの国のゼフォーンに対する暴政は目に余るものがあります。同盟国とはいえ、結果的に与することになればあなた様の経歴の傷になるかもしれません」

 本人にも分かっているだろうが、懸念を伝えておく。

「私も文字上の情報しか知らない。実情に関しては現地に赴かなくては掴めないのではないかと思っているんだ」


 マスメディアはゼフォーンの様子を一方的な視点でしか伝えない。三星連盟側であった国を絶対的な悪と捉えて報道するのだ。現在も、復権を狙った抵抗運動を憂慮するコメントが多数を占めている。

 その姿勢を一切曲げないのは彼らも人気商売だからであろう。しかし、契約者の感情におもねった情報しか伝えないのは報道としてどうかと思う。


「この目で見てから判断しても遅くないんじゃないか? アルミナ王家の方だって、私の言葉であれば耳を貸してくれるだろう」

 要請書に目を通しつつ熟慮していたのだと分かる。

「暴発したゼフォーンに再び武力侵攻の意図があるなら阻止しなくてはならない。でも、本来アルミナの義務である倫理統制に問題があるのならば、両者の間に立って落としどころを模索するのも可能だと思うんだが」

「そういった思惑でいらっしゃるなら自分も納得できます。全力でサポートさせていただきます」

 イムニは安堵した。

「あなた様は英雄ディオン・ライナックの再来と呼び声高きお方。遺伝する異能、一族最強の戦気眼せんきがんをお持ちになっている伝説の後継者なのです。他国の紛争に関与してその名誉が僅かでも揺らぐようなことがあってはなりません」

「いやに褒めるな。そんなに褒めたところで道行きの食事が多少豪華になるくらいのもんだぞ?」

「それは僥倖ですね」

 二人して声を上げて笑う。


(このお方に万が一のことなど起こり得ない。自分はいつも通り仕えていればいいんだ)

 築かれた信頼関係が心地良い。


 しかし、向かう先に驚くべき出会いが待ち構えているとはイムニにも予想し得なかった。

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