独立と外交(5)
「ガラント・ジームを一杖宙士に任じる」
渡された階級章を空虚な瞳で見つめる。
(私は何に利用されている。ゼフォーン離脱時の時間稼ぎで昇進だと? 基地に避難していた市民の命を最優先に考えた? そんな当たり前のことを)
虚しさばかりが胸をよぎる。彼は敗者なのだ。
(敗北と事態の悪化を誤魔化すために表向きのヒーローにでも祭り上げる気か。国民の意識操作のために。あれは仕組まれた撤退だぞ? 抵抗組織連合は明らかに治安維持軍の退路を作り出していた。単なるダメージコントロールじゃないか)
現場では気付けなかったが、後の戦術分析でそれは判明していた。
分家の末席ではあるが、ガラントは四家のうちジーム家の人間である。そうは銘打っていないが、いうなれば最上級貴族に当たる名門の出。
そのガラントがゼフォーンに派遣されていた数多くの市民の脱出を支援したという事実が重要なのだ。権力は集中しているが、権力者は義務を遂行しているぞと思わせなくてはならない。その世論操作を企図して彼は昇進させられたのである。
(あのリューンという少年に実力で完全に劣っていた。五分の戦いを演じていたように見えるかもしれない。だが、まさしく演じていたのだ。彼が本気だったら私は生きてここにいないだろう)
ビーム兵器を多用しない癖のある戦法だったが、近接戦闘技術では凌駕されていた。
(そのうえ、本来の目的である説得さえリューン・バレルの心には届きもしなかった。あの少年は相応の……、いや、十分過ぎる覚悟を胸に戦場に立っていたのだ)
少年の強い意思はガラントの言葉に揺るぎもしなかった。
(今でも彼のような年頃の少年少女を戦場に立たせるべきではないという思いは変わらない。それは間違っていないはずだ。ただ、思い直させるだけの実力も理屈も私の中にはない)
再び相まみえる機会があるのだろうか?
(その時までに翻意させられるだけの理屈を見つけねばならない。今の私に必要なのは階級などではない。自らの信念を貫き通す強い意思だ)
自らを奮い立たせるように、階級章を握った手に力を込めた。
彼の思いとは別に、マスメディアを入れた帰還祝典が滞りなく終了し、簡易な歓談の場が設けられている。軽食や軽めのアルコールが供される席で思いに沈んでいたガラントのところへボディーガードの一団がやってくる。その囲いを割って姿を見せたのはティーンにも満たない少年だった。
「殿下、このような場所へ」
彼の名はエムストリ・ヴィー・アルミナ。アルミナ王家の直系であり、将来王となる王子。
「ガラント、長きに渡るかの地での務め、ご苦労だった」
「ありがたきお言葉」
跪いて応じる。
深い色の金髪巻き毛の王子は十一歳。まだあどけない面立ちに大きな緑の瞳。丸みを帯びた輪郭を持つ面は不安げに彼を見ている。厳しい表情を見せていたかと反省した。
微笑んで見せると、それも一転して明るいものになる。ガラントはこの王子と懇意にしている。不敬に当たるためにそうとは言えないが、懐かれているというのが正解だろう。
ゼフォーンに赴任してた二年間はほとんど会っていない。一度帰郷した折に少しだけ話した時以来になる。見る間に成長するもので、多少は男らしさも備わってきただろうかと思えた。
「昇進おめでとう」
彼が視線を送るとボディーガードは少し離れて控え、王子の口調もくだけたものになった。
「恥ずかしい姿をお見せしました。敗残の兵でありながら、このような栄誉を賜われるなど望外のことであります」
「あなたが敗れるとは、ゼフォーンの反抗活動はそれほど苛烈なんですね?」
「我が身の不徳のいたすところです」
エムストリを思い悩ませるなど不本意極まりない。
「ぼくにはどのような状況なのか予想もつきません。尋ねても、誰一人として教えてくれないのです。かの星に向けた政策の転換を父へ進言すべきでしょうか?」
「殿下は心穏やかにお過ごしください。そのようなことを考えるのは大人の役目にございます。まだお早いかと」
「あなたの期待には応えられませんか」
王子は傷付いた表情になる。自分も彼を実情から遠ざける大人の一人だと思わせてしまったようだ。孤独を感じさせてしまい後悔する。
「これからのことは分かりません。私とて御命に従って動く兵に過ぎないのです」
王子とはできるだけ誠実に向き合いたいと願っている。
「ただ、大戦後の様子とは異なるのではないかと感じました。市民のアルミナ人公職者を見る目は冷たく、勢力地を拡大させている抵抗組織の到来を心待ちにしているようでした」
「一部の極右的な組織に煽動されているのではなく、圧政下の困窮から解放を望んでいたと?」
背伸びを感じさせる表現がまた子供っぽいと思わせる。
「それでいて、生身でアームドスキンに立ち向かう無謀ではなく、武力での真の解放を夢見ていたようです。抵抗組織は彼らの願いと応援を背に戦っていました。だから薄っぺらな暴力ではなく、底力に押し切られたのだと思います」
「では、彼らは本当の意味での解放に辿り着くまで止まりませんね?」
「それだけの勢いは感じます」
エムストリは沈思黙考する。今の情勢で自分にできることはないかと思っているのだろう。
既に大きな潮流となっている現状に、幼い思いを投じても簡単に飲まれてしまう。それが分かっていながらガラントは王子を止めることができない。
「思い悩むのは陛下の御心を聞いてからでも遅くはないでしょう。それより、かの地の風物に興味はございませんか?」
彼の提案にエムストリは表情を明るくさせて頷く。
(あの少年のことも話していいのだろうか?)
王子の興味は惹きそうだと思えるが、判断に困るところだった。
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