独立と外交(7)

 外洋から帰還した戦艦ベゼルドラナンは首都ラザフォーン近郊で停泊している。交代で下艦を許されたクルーが歓呼で迎えられながら都市へと繰り出す中、乗艦してくる人物もいる。

 暫定政府へと編入された元人材育成部署の職員たちを引き連れて、大統領トルメアが総帥ダイナへの現状報告及び今後の方針協議のため乗艦。防諜面で最も安全な戦艦内の会議室へと集まっていた。


 そうなれば彼女の息子ミックも一緒であり、彼は念願のベゼルドラナン内の探検へと繰り出す。無論、一人というわけにはいかない。幼児を歓迎したのは下艦を辞退したリューンとフィーナである。


「パシュラン、格好いい!」

 間近で見上げ、触れられるアームドスキンに熱中する。

「そうか? どっちかっつーと厳めしい感じじゃねえかと思うが」

「ううん、ピカピカでツンツンだもん」

「あー……」

 何とも返事しづらい形容詞で表され、兄は困っている。


 ミックも動くもの、特に機械関連に夢中になってしまいがちな年頃を迎える。アームドスキンなど大好物であろう。

 それに、収容所では観ることのできなかっただろう立体ソリッドTVにも最近は当たり前に触れているはず。子供番組、特にヒーローものに憧れるのは予想に難くない。


「最近は色んな所に連れ回されてんだろ? 大変じゃねえか?」

 トルメアは子供を放り出して仕事に熱中はしないだろう。

「楽しい。乗り物に乗っている間はママとずっと一緒にいられるもん」

「なるほどな」

「公務中はさすがに一緒ってわけにはいかないもんね」

 誰かに預けられているのだろう。フィーナには少し可哀想に感じられる。

「でも、ラザフォーンのおうちは綺麗だし、お仕事の時にいくお部屋には友達がたくさんいるんだ」

「議事庁舎には保育園もあるのね。そこだと寂しくない?」

「うん」

 飛び回るペスに手を伸ばしながら元気な返事がある。


 アームドスキン格納庫ハンガーに来るまでもロボット犬のペコと走り回っていたミックは元気いっぱい。昇降バケットは隙間もあるので危険だからフィーナが手を繋いでいるが、今にも飛び出しそうで危なっかしい。満足したらしい幼児を連れ、キャットウォークへとバケットを戻す。


「きゃっ!」

 次にどこに行こうかと尋ねようとしたら、お尻をまさぐられる感触。振り返るとミックがフィーナのお尻を鷲掴みにしてニカーッと笑っていた。

「こら! どうしてそういうことするの!?」

「やっぱり叱られたー!」

 ケラケラと笑いながらリューンの後ろへと避難している。悪いことだと思ってはいるらしい。

「なんだー、ミック? フィーナの尻に興味があんのか?」

「えへへー、ビックリするから面白いの。保育園で流行ってるんだー」


 聞いてみれば、庁舎の保育園の男の子の中で流行しているらしい。いやらしい気持ちではなく、単に女性が驚くのが楽しくて仕方がないようだ。

 ターゲットになっているのは主に女性保育士たちであり、二歳から四歳くらいの子供のやること、軽く叱る程度で寛容に接しているようだった。


「ほー、そうなのか。いいか、ミック、保育園の女の子に同じことをするんじゃねえぞ? 泣かすようなら許さねえからな?」

 リューンが目を細めて戒める。

「うん、分かった」

「わたしへの悪戯は良いみたいな感じにしないでちゃんと叱ってよ、お兄ちゃん!」

「そう言うなよ。可愛らしいもんじゃねえか」


 兄は子供には甘い。彼女も強く叱る必要性までは感じなかったので「もう!」と膨れるくらいで済ませておいた。

 食堂でお菓子をつまんでから飲み物を手に探検の続きを始める。普段触れることのない無重力タンブラーをしっかりと握りしめたミックの足にペコが絡みついて吠えている。


「あ、ミックだ。元気?」

 ダイナ隊の女性陣が通りかかる。

「ミントー! 元気だよ」

「あははー、ちょっと重くなったねー」


 成長期だ。しばらく会わなければ、見違えるほど大きくなっている。次々に体重を確認するように抱き上げられている幼児は笑い声をあげている。翌日の下艦に組み込まれて暇をしている彼女たちも探検に合流することになった。

 そうなれば皆、ミックの悪戯の餌食になるには必然である。


「ひゃっ!」

 フランチェスカが悲鳴を上げる。最後まで逃げ回っていたが、すばしっこい男児を躱し切れずにお尻を掴まれてしまった。

「チェスカの負け!」

「ペルセも触られた。チェスカだけ逃げるのは不公平」

「小さくても男の子。いきなりお尻に行くのはちょっと早い気もするけどね」

 ミントの発言は不穏だ。

「こらこら、妙な方向に誘導するんじゃないよ」

「いくら小さい子でも胸に行くと悪戯じゃ済まないかも」

 アルタミラとペルセイエンが注意する。

「お尻も駄目なの!」

「気にすんな。男に追いかけられるくれえがいいだろうが、チェスカ」

「うるさい、スケベ!」


 ひどい言われようにリューンは肩を竦める。そして、ミックを持ち上げると肩車した。


「相手があんまり嫌がっているようならやめるんだぞ、ミック」

 幼児は頷いている。

「こいつの尻は魅力的かもしれねえが、あとで責任取らされるかもしれねえからな」

「取らせるかー!」

 フランチェスカが噛み付いている。


 その時、ミントがピクリとするとリューンを見上げている。そして、口の端を吊り上げて笑う。


「でもさ、君の年齢でそんな悪戯をすると犯罪だよぅ?」

「ああん? なんだ?」

「だから僕のお尻を……」

 振り向くと彼女のお尻にはペコが噛み付いていて、牙のない口でモグモグしている。ミックがやっているのを見て新しい悪戯だと思ったようだ。

「誰が誰の尻を触っただって?」

「いや、そのね……。こらー! ペコー!」


 素早く危険を察知して逃げ出したペコをミントは追い掛けていった。

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