本星決戦(5)

 リューンは知っている。整備士見習いのピスト・ビクトランはフランチェスカに首ったけで、汗水垂らしヘロヘロになって稼いだギャラをせっせと彼女に貢いでいるのである。

 元はプネッペンで走り屋をしていた少年。リューンが少し前に十七歳になったので、今は一つ下になっている。


「たぶらかしてるってどういう意味!?」

 普段は大人しい彼女が、そこら中に響く声を上げる。

「悪ぃ悪ぃ、言い過ぎだな。ピストが勝手に熱を上げてるだけなんだろ?」

「いや、そういうわけじゃ……。いつも綺麗だって言ってくれるし、心を込めて選んだプレゼントをくれるし。それに、いつか私のアームドスキンの整備担当になるのが夢だなんて言うから、ほんと可愛いなって思って……」

「そんで気を持たせてんのか」

 少年は溜息を一つ。

「たぶらかしてるよね?」

「十六の青少年相手だとねぇ」

「いちころ」

 女性陣の賛同も得られた。


 それに焦った彼女は懸命に弁明しているが、言葉を重ねれば重ねるほどに弁解の余地が失われていく。童顔で可愛い面立ちでも、二十五のフランチェスカが九歳下の少年に期待を持たせると周囲からは微妙な感じに見えてしまう。

 リューンは冗談でからかっているだけで、本人たちが納得しているのなら年の差なんて気にならない。ただ、彼には噛み付くフランチェスカが、ピストには煮え切らない態度を取るのが憐れに思えてしまう。


「一途なんだから、同情で付き合うのはやめてやれよ」

 本音も挟む。

「私だって大人の女なんだから分かってます! ちゃんと気持ちは動いてるんだから」

「まあ、部屋に連れ込むのは勝手だ。諸々差し支えない程度にな」

「ぷぎゃー! 何言うかー!」


 腕を振り回して怒っているが、ずっとマシンで走り続けている。その辺りが乙女心なんだろうかとリューンは首をひねった。


「チェスカってリューンにも惹かれてるよね?」

「やっぱりそう思います?」

「妹ちゃんも感じてる?」

 横でこそこそと話し始めている。

「昔っからチェスカは気の多い娘なんでね。悪気はないんだけど、どうにもほだされやすいんだよ。君に対しての反応は実に珍しいけどさ」

「そうなのか?」

 付き合いの長いアルタミラが教えてくれる。

「一番敬遠するタイプなのに、いきなり踏み込まれたもんだからちょっと酔っちゃったのかもしれないね」

「下心も感じさせずに自然体で褒められるとドキッとする」

 ペルセイエンも続けて指摘してくる。

「そんなつもりなかったんだけどな」

「お兄ちゃんは無自覚だから悪いの!」


 相手が美人でも気後れしないところが悪いとか、素行が悪そうなのに飄々としているから目を惹くところとか、顔立ちは整っているのに無造作に近付き過ぎるところとか、何だかんだとあげつらわれて責められる。


(どうして俺が怒られてんだよ)


 リューンは理不尽をぼやいていた。


   ◇      ◇      ◇


 解放組織連合の包囲が狭まってくる中、治安維持軍本部基地は迎撃準備を進めている。後退してきた各地の部隊が集結しているために意見調整が必要であり、その会議に出席していたガラントは憮然として廊下を歩いていた。


「アルミナ軍も質が低下したものだ。現状把握さえままならんとはな」

 徹底抗戦を主張する指揮官のなんと多かったことか。

「本格的な戦争を知らない世代なのです。ご容赦ください」

「だが、見れば分かるだろう? 相手は兵士でなく市民なのだ。数が比較にならん。大波のように迫る人の勢いというものが分からんのか」

「それでもまともな武装を持たない敵を怖いとは感じられないものなのです」

 年若い副官は彼らの気持ちが察せられるらしい。しきりに擁護してくる。


 大戦は七十年以上前のこと。現役世代は皆戦争を知らない。

 アームドスキンが戦場の主役となって久しい。機体を持っていない相手など丸腰に見えてしまっても変ではないと主張している。

 しかし、ガラントは大戦中の様子を先達から教え込まれて育った世代。大戦終結後の抵抗運動が盛んだった時代も現実のように感じられる。レーザーライフルや合成液体炸薬を詰めただけの手榴弾を手にした市民が、薙ぎ払うイオンビームに臆することなく駆けてくる映像も目にしている。


「あの地獄が再現されるかもしれんのだぞ? 先輩方はトリガーに添えた指が震えるのを止められなかったと何度も繰り返し言う。歴戦の兵士が食事も喉を通らずに、毎晩のように悪夢にうなされるとおっしゃっていた。当たり前のように睡眠薬が配布されていたらしい」

 副官の眉は微妙な角度を描いている。

「お言葉は理解できるのですが、自分には遠い昔の現実。まるでフィクションムービーのワンシーンのように感じてしまうのです」

「……ゲームと変わらんと言うか」

「申し訳ございません。同僚の死でしか人の死を感じられない戦闘の中で育った世代なのです」

 そのひと言がガラントを震わせる。


(それが危険なのだ。あの赤毛の少年も同じ感覚の中にいる。人の死を直視していない)

 彼にはそうとしか思えない。

(現実を知った時に後悔する。自らの犯してきた罪の重さに眠れない日々を過ごしてしまうだろう。傷が広がらんうちに止めてやらねばかわいそうだ)

 そう決意する。


「話した通りに進めろ。私と彼が向き合える状況を作るのだ」

 会議中にもガラントはそう訴えていた。

「ですが大丈夫ですか? おっしゃる通り自分のやっていることは理解していなくとも剣王の実力は本物なのでしょう?」

「それでもやってみせる。それが我らの世代の義務だろう」


 壮年の兵は熱意を秘めて戦場へと向かう。

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