第七話

エルシ・フェトレル(1)

 惑星ゼフォーンでも北半球のこの辺りは、いよいよ春本番を迎えたところだ。うららかな日差しに照らされて、非常に過ごしやすい時期であろう。

 もっとも、透過金属に守られたそこは常に空調で一定の気温湿度が保たれており、暑い寒いとは無縁の場所。彼はだらしなく寝そべった状態で、目に優しい新緑の色を楽しんでいた。


「この惑星ほしはほんとに緑豊かでいい所だよなぁ」

 しみじみとこぼす。

「そーだねぇ」

「惑星アルミナとはずいぶん事情が違うわね」


 地軸の傾きが大きめのゼフォーンは季節ごとの変化がある。一年を区切りにパターン化した気温の変動は、動植物には程よい刺激となるようで多様性と繁殖に強く影響していると思われる。


「アルミナは季節の変化って大してねえからよぉ」

 彼が人生のほとんどを過ごした惑星は地軸の傾きが小さい。

「気候の変化に乏しいのは寂しいものね」

「暑いとこは暑くて堪らねえしし、寒いとこは寒くてしょうがねえっていうからな」

 移住や旅行の経験のないリューンには風聞でしかないが。

「北と南の生活バンドでしか暮らせないもんね」

「ここの人たちには想像もできないかもしれないわ」


 暑熱の厳しい低緯度帯。雪に閉ざされる高緯度帯。その両方は旅行者が訪れたり、高温低温が適している研究が行われる以外には踏み入れる者の少ない地域である。

 緯度が20°から70°辺りが生活バンドとされ居住地域となっているが、南北に行くにしたがって人口密度は低下する。兄妹は北半球の比較的居住に適した地域で生活していた。


「こうやって直接景色が眺められるのは全然文句はねえんだがよ、どうにも腑に落ちねえのはここが外からも丸見えって点なんだよな」

 航宙戦闘艦の艦橋は海洋型艦艇のようにタワー状にはなっていない。一部を透過金属にしたドーム状になっているが目立つことに変わりはない。特に彼の妹フィーナが戦闘時はそこに詰めるために不満を抱いているのである。

「ここが機能中枢だって喧伝しているようなもんじゃねえか」

「まあ、そうね」

「中から見てると、直視できるのは安心感もあるんだけど」

 フィーナが内側からの意見を交える。

「だが、狙われることに変わりはねえ」


 軍属とは無関係に生きてきた少年には不思議に思える。

 人類が宇宙進出を果たして以降も海洋型戦艦というのは存在した。その場合、艦橋ブリッジがタワー状になっているのは遠距離を見通す目的であるのは理解しやすい。

 しかし、航宙艦艇となると全く話は違う。反重力端子グラビノッツの普及で重力圏も飛行可能となったが、基本的には宇宙を飛び回る艦艇である。高さという概念が該当するケースのほうが少ない。


「意味はあるのよ」

「どんなだ?」

 リューンには想像だにできない。

「さっきフィーナが言ったように不安を払拭するにも有効。それ以上に不可欠と感じるのも常識なのよ」

「不可欠とは言えねえんじゃねえか?」

「様々な観測機器が発達してきた時点でそういった議論はなされてきたし、一時的なブームのように安全性の高い閉鎖型指揮室へと切り替わった歴史はあるの」

 しかし、その期間は短かったらしい。

 

 観測機器はとかく色々な要因で利かなくなる。

 近傍で誘爆が起こったなど、強力な電磁波にさらされると一時的に観測不能となる。その対策として各所に観測機を配置するが、それでも不安と隣り合わせ。

 所によっては、常に自然電磁波が強い宙域も存在する。その時、閉鎖型指揮室を持つ航宙艦艇は身動きが取れなくなる。座して死を待つのみとなってしまうのだ。


「閉鎖型を嫌う声があまりに高まれば方針転換は致し方ないことよね?」

「確かにな。納得したぜ」

 頷いて、外に見える甲板を眺める。


 戦闘空母ラングーンの艦橋はアームドスキン発着口の上部に位置していた。なので真下の甲板手前側は死角になっていたのだ。

 だが、戦艦ベゼルドラナンでは左右二本の発着甲板があり、その中央の張り出しに艦橋がある。アームドスキンの発着が容易に確認できる構造だ。


「で、その疑問は儂が艦長席を追い出されるのと何か関係があったのかのぅ?」

「ん? 関係ねえぞ、爺さん」

 オレンジの髪の少年がくつろいでいるのは元艦長席。その座り心地のいい場所を彼は占拠していた。

「あんたはここを纏めるのが仕事じゃねえか。一番高いとこに居ろ」


 リューンは、髭をたくわえ好々爺としたロブスン・オルテシオ艦長を元は教授プロフェッサーガイナスが占めていた、最も高い場所にある席へと追いやっていた。スペースにゆとりを確保してあり、機能性も高い席だ。


「使っていた機能もエルシが移してくれたはずだぜ? 何の不満があんだよ」

 横並びのリューンとエルシに見上げられて苦笑している。

「どうも落ち着かんでの」

「慣れろ。だいたい頑張りすぎだ。もっと部屋に引っ込んで休んでてもいいんだぜ? ここいらは解放地域なんだから」

「心配性なんじゃよ。許してくれんか?」

 少年は処置無しといわんばかりに頭を掻く。

「仕方ねえ。あれを出してやれよ、フィーナ」

「うん、そうだね」


 フィーナは保温ケースを持ち出すと、そこから取り出した物をオルテシオに手渡す。それは何の変哲もないパンに見える。紅茶と一緒に渡されたパンを口にした老爺は目を丸くした。


「これは!」

 もう一度確かめるようにちぎって味わう。

「こうも違うもんかのぉ?」

「当たり前だ。俺が粉からこねて焼いたんだぞ。そいつは売りもんだ」

 艦橋中に広がる甘い香りに皆が唾を飲み込む。

「フィーナちゃん、僕にもくれないか?」

「私にも……」

「手前ぇら、どれだけ腹空かせてんだよ!」


 群がる男女に少年は突っ込んだ。

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