野望と陰謀(12)

 リューンは笑いが止まらないが、連行先の警察署から救出されたモリス以下『解き放つ槌』のメンバーは憮然としている。とはいっても表情は読みにくい。皆が二倍近くに顔を腫らしているからだ。


「これに懲りたら背伸びすんなよ」

 痛くなってきた腹筋をさすりながら言う。

「……本業に身を入れるさ」

「エルシに繋いどいてやる。仕事はあると思うぜ」


 そして、彼らの感謝も背に受けつつ、ベゼルドラナンまで呑気に飛んできた。他の二都市も制圧済みだと鼻声のフィーナに連絡を受けている。望遠で顔が窺える位置まできたら部隊回線を開いた。


「面白くなさそうだな、総帥さんよ」

 意地の悪い笑みは向こうで見えているだろうか。

「俺が生きて戻るなんて思ってなかったんだろうからな」

「何を言う。君ならば任務を遂行して帰還するだろうと思っていたが」

「どの口が抜かす? おっさんたちの戦力も多めに言ってくれるわ、決起情報は筒抜けだわ、軍が十二機も駐留してるわ、怪しげな狙撃手まで配置されてるわ、ものの見事に一杯食わされたぜ」

 指折り挙げてみせる。

「情報が足りなかったのは詫びておこうか」

「ふん! まあ、そんな戦い方しかできねえだろうがよ。あんたじゃ俺と殴り合いってわけにはいかねえもんな」

「だから……」

 黙れと言わんばかりにカメラに手を振って見せる。

「だが、戦えねえ奴を巻き込むな。一歩間違えたら何人死んだか分からねえ。次に同じことをやりやがったら、しばらくは柔らかいもんしか食えなくなると思っとけ」

「…………」

「エルシ、一番高いビルの屋上に放り出してある機体は回収の手筈を整えろ。あれはどこの国の機体か怪しいもんだぜ」

 ウインドウが開いて直接顔が映った。

「ええ、すぐに誰か向かわせるわ」

「じゃあ、俺は補給を済ませて寝る」


 一方的に通信を切った。


   ◇      ◇      ◇


 オルテシオ艦長は長く大きな溜息を放った。


「ガイナス、お前さんの威光が通じんからと死地に追いやるような真似はいただけないのぉ。そんなことをしていては信頼を失い、誰も付いてこなくなってしまうぞ。我が身を省みなされ」

 いつもは尊重するが今回ばかりは呼び捨てにし、説教じみた口調で諭す。

「私は……! ……先に休ませてもらう」

 怒りに赤く染まり、口を開きかける。が、自制して席を立つと艦橋ブリッジをあとにした。


(困ったものじゃのぅ。これまで堂々と意見する者になど恵まれてなかったんじゃろうからの)


 優秀な人間がはまりがちな陥穽に足を取られているようだ。彼自身も今後はもう少し改めようと考えていた。


   ◇      ◇      ◇


 通信相手の顔も知らない。そんな必要も無いと考えていた。あまり深く関わるべきでもないと思っている。

 ただ、向こうには自分が欲する状況を作る能力と理由があり、こちらにはそこへと導く権限があった。それだけの関係で終わらせたかったところだ。


「確実に仕留めてくれるはずではなかったのかね?」

 失敗したのは相手のほうだ。

「そのように申したつもりはありませんよ。こちらには場を作る準備があった。それを利用したいとお考えになったのはあなたでしょう?」

「私も騙したのか? 治安維持軍のアームドスキンが予定より多かったのはそちらが動かしたからなのだろう? つまりアルミナにもパイプを持っているという意味だ。いいのかね? 私との接触そのものが君にとっては不利な材料だと思うが」

 アルミナ側に情報を流すと脅す。謝罪を引き出さないと収まりが付かない。

「自制をお勧めします。いくらでも申し開きの利く類の情報ですよ」

「策略の一環だとでも告げる気か」

 確かにそうだ。


 電子音がなって扉がスライドする。厳重にロックしておいたはずの扉が、だ。そこにはフェトレル女史と護衛の姿があった。


「どうやってロックを外した?」

 干渉が過ぎる相手に怒気を込める。

「この艦の本体から制御系まで設計したのは誰だと思って? 私には入れない場所など無いと思ってよくてよ」

「そうかもしれんが権限を越えていると言っている」

「貴殿に権限を認める必要も感じないのだけれど。ゼムナ軍に通じているような人にね」


 2D投映コンソールに目をやった彼女はそう告げてくる。通信先まで筒抜けのようだ。弁解のしようがない。


「あの小僧、危険極まりない。人類圏最強と謳われるゼムナ軍に狙われているのだぞ? 排除せねば活動の継続など無理だ!」

 エルシは鼻で嗤う。

「そうか! 知っていて招き入れたか! 何を考えている!」

「貴殿に教える必要などありませんわ」


 相手に尋ねようと振り返るが、既に通信は切られている。おそらく全て録音されていると思ったほうがよいだろう。


「どうしたものかしら? お立場に合わせて襟を正していただきたいのだけれど」

 首に縄の掛かった状態だ。その先を他人に握られているのは我慢ならない。

「あんな小僧を飼い続けていてはゼフォーンの解放は成らないのだ! 伝統ある我が故郷の真の独立は、我ら自身の手で成し遂げねばならん! 新生ゼフォーンの初代大統領は私なのだ! 口の上手いだけの穢れた女や力だけの不良少年など不要!」

「残念ね」

 眉一つ動かさないで告げられた。


 エルシは身体をずらして背後に控えていた護衛の男を招き入れる。


「エストバン氏は市民に犠牲者を出す失策を悔いて自害なされるそうよ。手伝って差し上げなさい、ヴェート」

「仰せのままに」

「貴様、何を……!」

 腰から抜かれたハンドレーザーが口内に押し込まれた。

「うー!」

「自分が何をしようとしたのか永遠に分からないでしょうね?」


 レーザーの発射音は艦内に響くほど大きくはなかった。



※ 次回更新は『ゼムナ戦記 神話の時代』第七話「ナーザルク」になります。

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