野望と陰謀(10)

「やあ、仔猫ちゃんたち、久しぶり。デートの約束してくれたら手加減しちゃうよ」

 共用回線で聞こえてくるのは、あまり聞きたくない声。

「じゃあ手加減してね、エフィ。僕がほっぺにキスしてあげるから」

「本当かい、ミントちゃん!?」

「ビームカノンの砲口でね!」


 しかし、ビームは虚空を薙いだだけ。派手なカラーリングの敵は頬を差し出してくれないようだ。


「つれないなぁ」

 責める口調で訴える。

「いやあ、そこまで熱いキスはなかなか受け取れないさ。気持ちだけ受け取ってもいいかな?」

「ううん、心はこもってないから気にしなくていいよー」


 放つビームはひらりと躱される。あいかわらず避けるのだけは異常に上手い男である。非常にタチが悪い。


(こんなのにかかずらってないで数を減らさなきゃ)


 薄く広く展開しなくてはいけないのが厳しい。混戦に持ち込めればそれほど分が悪いわけでもないのに、その選択肢は選べない。抜かれれば市街地に被害が出る。

 ハーンの指示通りに押し退きのラインを維持しないといけない。神経がすり減り、ストレスが彼女の内臓にダメージを与える。

 それでも全体のフォローに飛び回っているダイナよりはマシだと思う。彼の負荷たるや想像もつかない。


「……んでも酷すぎます!」

 ミントはぴくりと震える。ハーンの指示の背後でフィーナの声が聞こえた。

「いったい何事?」

「目の前に集中してくれ!」

 彼の指示も苦しそうだ。それでも気になって仕方ない。

「いいから教えろ!」

「それが……」

 ダイナも気になったようで問い詰める。

「エルハーケンで三十機以上の敵に包囲されて剣王が孤立している。対処はこちらで考えているから防衛ラインを守ってくれよ!」

「なっ!」


 考えてどうなるものではない。可及的速やかに救援が不可欠な状況だ。フィーナの悲鳴も理解できる。


「ちょっと、どういうことっ!」

 怒気がこもってしまう。

「くうっ! こらえてくれ、ミント。俺もこれ以上は無理だ。戦力は割けない」

「ううー……」

「何をしてる、俺は! 市民を守れても、仲間を守れないで見殺しにするのが正しいのか!? こんな理不尽……」


 ダイナの血を吐くような言葉に、彼女も黙って戦闘に集中するしかなかった。


   ◇      ◇      ◇


(やれやれ、鍛えとくもんだな。本当ならとうに音を上げてる)

 自分の体力に感謝する。それでもどこまで持ってくれるかは分からない。

(参ったな。今すぐあいつをぶん殴りに戻りてえところだが……、と?)

 リューンは驚きに固まる。


 横のビルの窓で子供が三人、口をぱくぱくしながらしきりに右のほうを指差している。その路地はアームドスキンが入れないことはないが狭すぎる。嵌まり込んだ状況で発見されれば抵抗の余地もなくなる。


(無茶言いやがって)

 手を振って逃げるようジェスチャーするが、子供たちは大きな動作で右を示すとそっちへと駆けていった。

(しゃーねえな。相手してやらねえと気が済まないか)

 反重力端子グラビノッツで重量をゼロにしたら、ゆっくりと路地へとパシュランを滑り込ませた。


「マジか!」

 そこには意外と広い空間がある。


 現存しているのは旧ゼフォーン時代から続いてきた都市ばかりで、新たな都市を建設する余裕はないと聞いている。それだけに入り組んだ構造になっていても変ではないと思い直した。


「次はねー、あっちー!」

「ちょっと待て」

 バルコニーから手を振っていた三人がまた駆け出そうとするので止める。

「駆け回ってたら余計に危ねえ。どうせなら乗れ」

「いいの!」

「わーい!」

 左手を差し出すとハッチを開けた。


 男の子はフォウズとハンス、女の子はナタリアというそうだ。全員六歳で、集合住宅のご近所さんの友達だという。


「それに掴まってベルト締めとけよ」

 いつ何があるか分からないので付けっ放しにしていたサブシートに男子二人を詰め込み、ナタリアを膝に乗せてベルトを掛け直す。

「で、どっちだって?」

「あっち!」

 街中を駆け回っている三人は裏道も熟知していた。彼らのナビゲートで大通りを使わずに移動を続ける。


(こいつはいけるぞ。上手くいけば裏をかける)


 熱センサーを頼りに路地から飛び出すと、軍用機の背中の中央を突く。コクピットの後ろに当たるそこには制御システムの多くが詰まっていて破損させれば戦闘不能にできる。

 子供たちの手前、あまり死人は出さないように配慮して、最も狙うのが難しいアームドスキンの弱点を狙うことにした。


 振り向いた敵機のバルカンを持つ腕を落とすと、脇腹から背中へと斜めに貫いて蹴り倒す。パシュランのコクピットを狙って突いてきたビームブレードを撥ね上げ、鳩尾から背中へとフォトンブレードを刺し入れた。

 最後の一機は頭部を斬り飛ばし、腕も落としたら胸の前に力場の刃を突き付ける。開いたハッチからパイロットが飛び降りるのを確認してから貫いて停止させる。


「すげー!」

「兄ちゃん、強い!」

 賞賛が集まる。悪い気分ではない。

「まだまだだぜ。ここまできたら最後まで手伝ってもらうからな?」

「うん、ナタリアに任せてー!」

「俺だって!」

 無邪気に騒いでいる。そこが最も危険な場所だとも思わずに。


 しかし、リューンは彼らを絶対に死なせる気はなかった。

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