野望と陰謀(9)

(完全に罠に嵌められたな。軍用機が思ったより多い)

 必ず四機編隊で動いている。狭い市街地で一気に撃破するのは難しい。


 窮地に陥ったら躊躇わずにビームカノンを使うだろう。ゼフォーン市民の命など考えもせずに。

 それだけは避けたい。一瞬で数十人数百人の民間人の命が奪われてしまう。カノンを使わせずに戦闘不能にできる状況を作るしかない。

 だが、飛び上がるわけにもいかない。高層ビルのどれかにはあの狙撃手が居る。躱すのは可能でも流れ弾は確実に市街地へと降り注いでしまう。


(ゆっくり考えている暇もねえし。どう見ても包囲網の中ときてる)

 彼を捕らえた檻はだんだんと狭まってきている。


「って、おい!」

 泡を食ってジェットシールドを差し出した。


 逃げ遅れたのか路上を走っている子供が三人。パシュランに気付いた警察機は反射的にトリガーを絞っている。撃ち込まれたビームバルカンが噴流の表面で弾き飛ばされた。


「さっさと逃げろ。ここは危ねえ」

 恐怖に尻餅をついていた男の子が二人と女の子が一人。立ち上がると走り出した。

「男なら守ってやるんだぞ」

 後姿に声を掛けて振り向く。


 震える砲口に向けて踏み込んで地を這わせるような斬撃で砲身を斬り飛ばす。左腕のフォトンブレードも追い掛けるように跳ね上げるが、腰から砕けるように後退した敵機の胸部を浅く裂くに終わる。

 止めを考える暇もなく通りの向こうに別の軍用機のチームが姿を見せたので踵を返して逃げに転じる。


(何機居やがるんだよ。サービスが過ぎるぜ。これほど歓迎を受ける筋合いは……、いくらでもあるな)


 苦い笑いが湧き上がってきた。


   ◇      ◇      ◇


 時間は掛かったがようやくエルハーケンを覗ける静止衛星を捕まえたらしい。大きめの2D情報パネルが立ち上がって、上空からの様子が見える。


「そんな!」

 街だけを拡大していくと銀色のアームドスキンが完全に孤立していると確認できた。パシュランは包囲網の中で逃げ回っているのだと分かる。

「『解き放つ槌』の作業用アームドスキンは撃破されたようね。残るリューンを狙って警察機が二十二機。軍用機が3チーム十二機。これは厳しいわね」

「馬鹿な!」

 ガイナスは思わず声を漏らしてしまった。


(治安維持軍の機体は四~五機と言っていたではないか? これでは最悪エルハーケンに膨大な犠牲者が出てしまう! 小僧を送り込んだ私が責任を問われてしまうではないか!)


 計算外である。彼のシナリオでは、足手纏いを引きずった状態で包囲されたリューンが投降を余儀なくされるはずであった。

 ところが少年は包囲網の中を単機で脱出を試みている。業を煮やした軍用機がビームカノンを発砲し始めたらエルハーケンは壊滅だ。

 多大な犠牲はXFiゼフィの名を地に落とし、総帥である彼の責任を問う声が上がるであろう。どれほど弁解しようが間違いなくガイナスの汚点となってしまう。


(このうえは、奴が速やかに撃破されるのを祈るしかあるまいな)

 誘爆させられるような事態だけは遠慮したい。


「何か気掛かりでも、教授プロフェッサー?」

 エルシの視線は氷点下である。

「いや、あまりの状況の悪さについ、な」

「あら、どんな劣勢でも冷静に切り抜けられてきた貴殿らしくもない。何か手違いでもあったのではなくて?」

「手違いではなく誤報に振り回されているだけだ。どうもあの組織は我らの協力を欲するあまり、敵戦力を過少申告していたらしいな。大戦力があると後回しにされるとでも思ったか?」

 声に焦りが混じらないよう気を付ける。

「それより早く救援の編成を! このままだとお兄ちゃんが!」

「それも厳しいのよね。出せそう、ハーン?」

「無茶言わないでください! こっちも四十機相手に防衛ラインを構築しているんですよ!」


 アームドスキン隊三十機はダイナの指揮下でナクトホーンを背後に背負って防衛戦を展開している。数的にも劣勢だが、手練れも混じっているようで苦戦中。

 オペレーターであるハーンも防衛ライン維持の指示で返事もままならないようで、早口で返してくる。


「それじゃ、せめてもう一度プローブを! わたしが包囲の穴をナビすれば抜け出せるかも!」

 フィーナの声は悲鳴に近い。

「それが一番近道かしら。どう?」

「何度飛ばそうが狙撃されるだけ。無人機も数に限りがある。あれだけの軍用機が投入されているというのはそういうことだ」

「見殺しにするんですか!」

 少女が睨みつけてくるが歯牙にもかけない。

「彼も我らの同志だ。市民を守るために命を投げ出すのならば悔いはあるまい。勇士とはそういうものではないかね?」

「都合のいい時だけ同志って何ですか! いつもはないがしろにしている癖に!」

「フィーナ、そんな議論をしたって始まらないわ。通信手段は引き続き模索するから、今は落ち着いてちょうだい」

 エルシが宥めているが収まりそうな気配はない。


(小僧が撃破されればこの娘も不要になる。甘い顔をする必要などない。吠えるだけ吠えさせておけばいい)

 それよりナクトホーンやポートデリーの状況が良くない。それも彼にとっては計算外である。

(奴め、まさか私まで陥れようとしているわけではあるまい?)


 今回の作戦は不確定要素を入れ過ぎたかと、ガイナスは焦りを拭い切れなかった。

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